第37話 三者三様~眞白可奈②~

翌朝。

一人分の空席を残した教室で、いつものようにホームルームが始まる。


「連絡事項は以上だ」

「先生ー!」


立花先生の話が終わると同時に、安原さんが声を上げる。私達の作戦が始まった。


「なんだ? 安原」

「ちょっと皆に聞いてほしいことがあるんですけど、いいですかー」

「わかった。一限が始まるまでならいいだろう」


もちろん、事前の話し合いで、十分に時間を確保してもらっている。


安原さんが教壇に立つ。

クラスメイトたちからは、動揺よりも、彼女への好奇心の方が勝っているようだった。

やっぱり、流石だ、安原さん。彼女の人望がなければ、この作戦はうまくいかなかっただろう。


「話っていうのはさ、友瀬のことなのよー。皆も知ってる通り、あいつは数学の試験中にカンニングして、そのことで今、謹慎することになっている。けど、あたしはそのことに納得いってないって話なのよねー」


どういうこと? という声がクラスメイトたちから聞こえてくる。

私はそっと柴山くんの顔を見遣る。彼の表情は消え、どこか剣呑な空気を醸し出して、安原さんの話に耳を傾けていた。


「皆の中には知ってる人もいると思うんだけど、あたしさー、試験前の一週間くらい、朝と放課後にあいつに勉強教えてもらってたのよ。で、あいつすっごい教えんの上手くてさー。おバカなあたしが、あれ? ちょっと勉強楽しいかも! って思っちゃうくらいだったのよねー。おバカなあたしが、だよ?」


強調され、クラスに笑い声が上がる。さすが安原さん。いい空気だ。


この話をする間、クラスの雰囲気をなるべく明るく保つ必要があった。

私だったら、とてもそんなことはできなかった。


「で、あいつはあいつですっごい勉強できんの。あたしが分かんないとこ訊くと、すぐに分かりやすく教えてくれてさ。だから、あいつはカンニングなんてリスクをとらなくても、絶対いい点数を採れたと思うのよー」


「あれ? けど、友瀬って中間の結果、悪かったんじゃなかったけ」


生徒の一人が言う。


「そうそう。だからあたしも驚いてさー。むむ! さてはあんた、真の実力を隠してたな! この食わせ者がー、って思ったよねー」


大袈裟に芝居がかった仕草でうまく笑いを誘い、懐疑心を逸らせる。


「こういうの、何ていうんだっけ? 明日から本気出す? あいや、スーパーサイヤ人だっけ」

「いや、なんだしそれ。能ある鷹は、ってやつでしょー」


クラスメイトからのありがたいツッコミ。


「そうだっけ? ま、いいや。んで、あいつはたしかに前回の結果は悪かったけど、そっからすっごい努力してきたのよ。期末に向けてさ。部活動やってる人なら分かると思うけど、いっぱい練習すれば、その分なんでも上手くなるでしょー? それって、勉強も同じだと思わない?」


ところどころで頷く様子の生徒達。


「なのに、それを本番で台無しにするようなことなんて、すると思う?」


教室内のあちこちから声が上がる。彼女の意見に賛同するような空気が流れ始めた。


ここまでは順調に作戦通りに流れを掴むことができていたが、そこへ、一人の生徒が声を上げたことで、風向きが変わった。


「けどさ、美咲。試験中、実際にカンニングペーパーが彼の机の中から見つかったよね?」


柴山恭平。

安原さんと並んでクラスのトップカーストに位置する彼の言葉に、教室の空気が僅かに変わる。


「僕も彼が、いや、このクラスの誰かが不正行為をしたなんてことは信じたくないよ。けど、実際に物証が出てきてしまっているなら、庇い立てするのは逆に良くないんじゃないかな? 彼のためにも、ね」


たしかにー、と彼の取り巻きの男子が続く。

柴山の言葉に、先程まで賛同一色だった空気が、僅かに傾き始める。

ここからが勝負だ。お願い、安原さん!


「そうだね。けどあれってさ、本当に友瀬のだったのかな?」

「なに?」


柴山の顔色が変わる。


「ってかさ、そもそもあれって、カンニングペーパーだったんかね」

「……どういうことかな? 美咲」

「ほら、見つかった用紙に書かれてたのって、数学の公式とかでしょ? あれって、本当はカンニングペーパーなんかじゃなくて、誰かが勉強のために作った用紙だったんじゃないかなって思ったのよ」


そう。これが、私の思いついた考え。

あのコピー用紙が友瀬くんを貶めるためだけに用意された悪意であることは明白だった。そして、それを画策したのは、柴山恭平たち。だから、誰が犯人であるかを探す内は、彼らは絶対に認めることはないだろう。


けど、その悪意目的をすり替えたら。


「だからね、あたしは誰かが自分で勉強するために作った用紙を試験前にしまい忘れちゃったんじゃないかな、って思ったの。けど、友瀬が謹慎になったりと、話が大きくなってきちゃって、ちょーっと言い出しづらい雰囲気になっちゃったんじゃないかなぁーって」


つまり、勘違いであったと。誰も悪くはないんだということにすれば、どうだろうか。


「だからさー、もしあの用紙に心当たりある人がいたら、無実の友瀬のためにも名乗り出てほしいのよ。あ、もちろんこの場でじゃなくて、あとでこっそり由加里ちゃんに言うのでもいいからさ」


お願いします! うまくいってください!

私は心中で強く祈った。


「あー、たしかにそれ、あるかもなー」

「ねー。私もよくしまい忘れちゃうことあったし」

「つーか、根本が五分前じゃなくて、もっと早く問題配り始めるように言ってれば、余裕持って準備できたんじゃね」

「それな。あんとき、けっこう慌ただしかったよな」


再び、空気が変わった。


「あ、それとー! もし、あたしの期末の点数がいい点だったら、それ友瀬のおかげだから! だからみんな! あたしの点数もお楽しみにねー」


安原さんが最後にそう添えて、空気は再びコミカルな雰囲気に包まれた。

よかった。私は心から安心した。


これで友瀬くんが不正行為をしたという認識は薄れ、コピー用紙を入れた人も仕方がなかったという流れになった。むしろ、ここで名乗り出ないで友瀬くんに無実の罪をなすりつけたままでいることの方が、後で非難されてしまうだろう。


加えて、もし友瀬くんが試験でいい結果を残していたとしても、それがカンニングによるものだと疑う者はいなくなる。ここは、立花先生の案だった。


ありがとう、安原さん。




それからほどなくして、友瀬くんの謹慎は解けた。




そして、数日後。

当然、このまま平和に終わるはずもなく。


「ねぇー、眞白さぁ。ちょっと話あるんだけど、いいよね」


私は、北見さんに呼び出された。


これは罰だ。


これまで彼を盾にして逃げ回ってきた、私への罰。


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