第22話 結成!
「あ。おはよう、友瀬くん」
朝。
教室には、いつものように眞白さんが一番乗りで登校していた。僕が入ってきたことに気付くと、ふりふりと小さく手を振って声を掛けてくれた。
「うん、おはよう。今朝は園芸部お休みだったんだ」
「うん。もう試験期間だから」
「ああ、そっか。それで、今朝は読書じゃなくて勉強してたんだね」
「そうなの。けど、気を抜くとつい本に手を伸ばしそうになっちゃって」
ほんのり頬を赤らめながら、照れた表情で言う眞白さん。本当に本が好きなんだなぁ。
さて、僕も勉強勉強。
「あの、友瀬くん、ってさ……」
勉強を始めてから少しして、眞白さんが声を掛けてくる。教室には、まだ僕達の他に誰も来ていないのに、なぜか声を潜めていた。
「ん? どうしたの」
「あ、えっと、その……」
声を掛けてきておきながら、眞白さんは言葉を詰まらせてしまっていた。前にもこんなことがあったような。
「眞白さん?」
「ご、ごめんなさいっ! えっと、その……あ、友瀬くんって、なんだかいつも楽しそうに勉強してるなぁと思って」
「楽しそう?」
僕、そうなの?
自分の勉強してる姿なんて知りようがないから、言われるまで気付かなかった。
でも、なんとなく理由はわかった。
「うん、そうかもしれないね」
「好きなの? 勉強」
「うーん。好き、ではないかも。どちらかと言えば苦手意識の方が強いかもしれない」
「そうなの? それなら、どうして」
眞白さんに問われ、あらためて考えてみたとき、頭に浮かんできたのは由加里先生だった。
「勉強がんばって、がんばったなって言ってほしい人がいるから、かな」
だから僕は、がんばれるんだと思う。
「そうなんだ」
窓から流れてきた涼風が眞白さんの短いくせっ毛を揺らし、頬を擽る。夏に入ったとはいえ、まだ六月。朝の風はまだ涼しく感じた。
彼女は指先で横髪を耳に掛けながら、微笑む。
「なんだかとても前向きで、元気なお花が咲きそう」
「え? 花?」
「あっ、ご、ごめんなさいっ! 急に変なこと言って」
眞白さんは顔を真っ赤に染めて、ぺこぺこと頭を下げる。いや、そこまで謝らなくても。
「あ、あのね、お花も、毎日前向きなお話を聞かせて育てるとね、他の花より元気に育つことがあるの。だから似てるなぁと思って、つい……」
そう言って、俯く。
「そうだったんだ。さすが園芸部だね」
ということは、僕という種を育ててくれているのは由加里先生ということになるだろう。
それなら、僕が花咲くことこそが、由加里先生への一番の恩返しになるということだ。
そう思ったら、俄然やる気が湧いてきた。
と、そんなときだった。
ばんッ、と教室の扉が勢いよく開けられた。
「あっ、いた! 友瀬ーッ」
目の覚めるような元気な声で飛び込んで……いや、あれは泣きついて、だな……きたのは、安原さんだった。
いったいどうしたんだ?
「わーん! 友瀬いてよがっだぁ~……あ、おはよー可奈ちん」
いや、切り替え早ッ!
「お、おはよう、ございます」
ちょっと怯えるような眞白さんの姿は、まるで小動物みたいだった。まあ、そうなる気持ちは分かる。なんかパワーが違うもんね。
「ど、どうしたの、安原さん?」
「それがさー、部活禁止なの忘れてて、今朝普通に朝練行っちゃってさぁ。ま、いっかと思って練習してたら由加里ちゃんが来て普通に怒られた」
あらま。
「んで、勉強はいいのかって言われたから、あたしにはバスケがあれば他はどうでもいいのですって自信満々に言ったわけよ~」
ほほう。
「そしたらメッチャ怒られて。期末で赤点採ったら試合には出さんとか言われちゃったんだよぉ~」
ふむ、それで?
「だから助けてぇ~って由加里ちゃんに泣きついたら、今から勉強してこいって追い払われちゃって。それから、今だったら友瀬が勉強しているはずだから、あいつに教えてもらえって言われたの」
え?
「教えるの上手いからーってさぁ。だからお願いッ! 朝だけでいいから、あたしに勉強教えてくださいッ!」
胸の奥が、熱くなるのを感じた。
きっと、由加里先生ならどんなに忙しいときでも、勉強を教えてほしいという生徒がいたら絶対に引き受けると思う。
けど、安原さんには僕のところへ推した。
それが押しつけや厄介払いといったものではなく、僕への心遣いだということはすぐに分かったから、嬉しかった。
だから僕は、迷わず安原さんに頷いた。
「僕でよかったら、ぜひ力になるよ」
今までの僕だったら、誰かに勉強を教えるどころか、まともに会話だってできなかったかもしれない。まあ、安原さんみたいなみんなに人気の美少女が相手だと、少し緊張しちゃうんだけどね。
けど今は、先生がくれたチャンスを無駄にはしたくなかった。
安原さんの顔がぱっと明るくなる。
「マジっ!? いいの? サンキュー、友瀬ー! 助かるわー」
そう言って、安原さんは僕の前の席にある椅子をくるりと返して、座る。
「じゃあ、さっそく教えてー! あ、可奈ちんも一緒にやろーよー」
ほれほれ、と安原さんは手振りで机をくっつけるよう促す。
眞白さんは戸惑いながらも、僕の隣に机を寄せてくっつける。その顔は僕と同様、少し嬉しそうだった。
こうして、試験までの期間限定ではあるが、朝の勉強会が始まった。
これまであまり関わりなかったメンバーで不安がないことはなかったが、それ以上に、僕はどこかわくわくしていた。
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