第23話 暗雲
「という感じで、ここはこれとこの公式を使って解くと分かりやすいよ」
「おー! できた! あたし解けたー」
「友瀬くん、すごい。私もちょっとここ、難しいなって思ってたんだ」
勉強会が始まって三日。
今朝も僕達は机を寄せ合って、勉強に励んでいた。
安原さんが家で分からなかったところを僕が教えるという流れで進み、基本的には自習している眞白さんも、わからない問題のところだけは僕の解説に耳を傾ける、といった感じだった。
女子二人が相手ということで、はじめはものすごく緊張したけど、いざ解説に入ると、由加里先生を相手にしているときと同じように、スラスラと言葉が出てきてくれた。先生と練習していなければ、きっとまともに話すことはできなかっただろう。
「あたしが自力で解けるなんて! 友瀬、教えるのマジ上手くない? 由加里ちゃんの言った通りだわ」
「いやぁ、べつに、そんな」
と言いつつ、嬉しいです、はい。
「お? 謙遜しちゃって~、このぉ~! やー、でもホント分かりやすかったよねぇ、可奈ちん」
「うん。けど、友瀬くんの勉強の邪魔しちゃってない、かな」
眞白さんが心配そうな表情で言うと、安原さんもたしかに! とはっと気がついたような表情で言って僕の方を窺う。
二人に視線を向けられて、僕はかぶりを振る。
「そんなことないよ。誰かに教えるのも意外と勉強になるんだよ。二人も誰かにやってみるといいかもよ」
僕も由加里先生に教えてもらって、今、実感している。
二人はなるほど、と納得してくれていた。
三人の勉強会ははじめは朝だけという話だったけど、思っていた以上に安原さんは切羽詰まっていて、本人もそれを自覚してか、翌日には「放課後もお願いじまずぅ~」と泣きつかれた。
元々、部活がなくても由加里先生は仕事で退勤が遅いので、僕は待ち合わせの時間まで居残りする予定だった。それに、安原さんの申し出は、僕としてもありがたかったし、なにより嬉しかったので、喜んで引き受けた。
それを眞白さんに伝えると、彼女もぜひ参加したいと言ってくれた。人見知り気味な彼女だけど、安原さん相手なら気後れすることはないらしい。流石、コミュ力抜群なクラスの人気者。
朝は始業ぎりぎりまで続けているので、必然と僕達のかたまりは登校してきた他のクラスメイト達の目に留まることになる。
ほとんどのクラスメイトが共通して珍しいメンツだなという視線を向けてきて、僕と眞白さんは少し萎縮してしまっていたが、安原さんはいつもと変わらぬ様子で皆と挨拶を交わし、彼女のその自然とした振る舞いのおかげで、三日も経てば周りも見慣れたように気にしなくなっていた。
そんな中で少し気になったのが、柴山と北見さんの存在だった。
当然、二人も僕達の勉強会を目撃していて、その際、いつも爽やかな笑顔を振りまいている柴山の表情が一瞬強張り、僕を睨むような視線を感じることがあった。
北見さんの方は、正確には僕ではなく眞白さんの方に向けられていた。彼女に視線を向けられる度、眞白さんが少し怯えているような様子を見せていたことを、僕は見逃さなかった。
北見さんは、たしかにクラスで女子の中心にいる人物であり、強気な性格もあって僕も怖いと思うときもある(ていうか、ほぼ毎回)けど、眞白さんの怯え方は、なぜか僕とは違うような気がした。
いつもと様子が変わらないのは、安原さんだけ。
僕は、この一瞬淀みを見せた空気に、なんとなく嫌な予感を覚えていた。
そして、結果的に、その予感は正しかったのだった。
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