第24話 悪意
試験三日前の放課後。
教室で屯している男子生徒が三人いた。
柴山恭平と、その取り巻き二人である。
「つーか、恭平さぁー。この前B高と合コンやったじゃん? そこで連絡先交換した子からさぁ、お前が手ェ出した子がお前に捨てられて泣いてるって連絡来たんだけど、どうなん?」
取り巻きの一人が、机の上に座ってスマホ画面を見ながら柴山に訊ねる。
「ああ。あの子なら、ちょっと束縛が強くてね。はじめから付き合う気はなかったんだけど、彼女の方が勝手にその気になってたみたいで。面倒だったから、連絡してなかったんだよ」
「あー、それでか」
「すまない。迷惑かけたね」
「いやー、恭平相手にしたら、付き合いたくなるのもしょうがないっしょー。んじゃ、俺も着拒すっかなぁ。揃って付きまとわれても面倒だし。あーあ、結構タイプだったのになぁ~」
「はっ! オメーはヤリたかっただけだろ」
と、もう一人の取り巻き。
「うるせー。つーか、やることやって捨ててんのは恭平も一緒だろ」
「僕はそれでもいいかと、ちゃんと了承してもらってるんだけどねぇ」
「まだ会ったばっかだったじゃん? もう捨てちまっていいのか」
「べつに、そこまで興味も沸かなかったからね。暇つぶしの相手なら、またどこかで見つければいいさ」
「もったいねぇなぁ。お前が手ぇ出してた子、安原並に胸デカかったじゃん」
「お前ヤルことしか頭ねぇのかよ。……そういや、安原って言えばさぁー、朝のあれなんなん?」
取り巻きの一人がそう口にした途端、一瞬、柴山から笑みが消えた。
それは、彼が
「ああ、あの三人で勉強やってるやつだろ? 変なメンツだったよな。安原と友瀬と、あと誰だっけか、恭平」
「眞白さん、だったかな」
柴山が、あくまで冷静に答える。
「ああ、そうだ眞白さん。あいつら今も図書室でやってんだろ? つーか俺、あれ見るまで、眞白さんの存在忘れてたわー」
「それ俺も。こんな子いたっけー、みたいな」
「まあ、友瀬とは地味同士お似合いだよな。ただ、なぜかそこに安原がいるけど」
「なんだよ? 友瀬の奴、ナマイキにも二股ってか」
柴山の拳が強く握り締められる。
もし、この教室に柴山が一人きりだったなら、椅子のひとつでも蹴飛ばしていただろう。
彼は、そんな言葉は望んでいなかった。
「いやぁー、眞白さんならまだしも、友瀬と安原は流石にないっしょー」
「だよな。レベル違いすぎ。もしあいつらが付き合ってたら、死ねるわー俺。あー俺だって付き合えるなら安原と付き合いてぇーッ!」
「だからオメーはヤリてぇだけだろっての。まあ、男子の憧れではあるよなぁ、安原は。なあ、恭平」
「ふっ。まあ、そうだね」
「つーかさ、恭平なら安原もいけんじゃね?」
「そうだよ! 恭平なら皆納得するっしょ」
ようやく聞こえてきた、欲しかった言葉。
「どうだろうね。相手は美咲だからね」
遠慮がちに言いながらも、心中ではほくそ笑んでいた。
取り巻きの二人は、大丈夫でしょ、と無責任にはやし立てる。そんなこと、言われるまでもない。
まあ、いざ自分と美咲が付き合い始めたら、影で悔しがるのだろうことは分かっていた。もっとも、彼にとってそんなことはどうでもいいことなのだけれど。
「お! なんか発見~」
手持ち無沙汰になったのか、取り巻きの一人が、あるクラスメイトの机の中を覗きながら声を発した。
その席に座っている生徒の名は、友瀬優徒。
「恭平、いいモン見つけたぜぇ」
嫌な笑みを浮かべながら彼が取り出したのは、優徒の数学の教科書だった。
彼はそれを、パラパラと適当にめくり始めた。
「うわ、なんだアイツ。結構書き込んでんじゃん」
ページの余白に書き込まれたメモ。それが、由加里との合宿の跡だということは、彼らには知る由もない。
「マジだ。バカのくせにガンバッちゃってんなぁ」
ケラケラ笑う取り巻き二人。そこへ、表情を消した柴山が、歩み寄る。
「ねぇ、ちょっとそれ、見せてくれないかな」
受け取り、パラパラと中身を見ていく恭平。その中にあるひとつのメモ書きを見つけ、眉を顰める。
それは明らかに他のメモとは違う字で書かれた赤ペンのアドバイスの文字。「ガンバレ!」というメモ書きが優徒の書いたものではないことは明白だった。
そして、それが誰の字であるのか、柴山は知っていた。
彼のかつてない苛立ちが、悪意となって優徒に牙を向いた。
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