第44話 二学期

夏休みが明け、始業式。今日から二学期が始まる。

この日ばかりは朝練はなく、僕と先生はいつもより遅めの時間に家を出た。



学校から少し離れた場所で車を停め、そこから僕は一人で学校に向かう。


校門をくぐる。

久し振りに目にする校舎に、僕は一学期にあった様々な出来事を思い出し、憂鬱だった頃とはまた違う想いを馳せる。


しかし、残念ながら変わらぬ脅威も健在だった。


「やあ、友瀬くん」


柴山恭平と、取り巻き二人が近づいてきて、僕を取り囲む。


「久し振りだね。夏休みの間、君に会えなくて寂しかったよ。だから、少し向こうで話をしようか」


そのまま体育館裏に連れて行かれる。ついでにベタな場所選びも健在だった。


「さっそくで悪いんだけど、またいくらか貸してくれないかな? 夏休みは何かと出掛ける予定が多かったものでね」


そんなこと知ったことではないと思いながら、僕は素直に財布を取り出す。


「ありがとう。話が早くて助かるよ」


僕が素直にお金を渡すのは、彼が怖いからではない。

僕が怖いのは彼自身ではなく、彼のクラス内における影響力だ。

彼の発言力には、非を是にする力がある。それは、僕みたいな陰キャでは絶対に覆せないものだ。

だから、お金を渡して大人しくやり過ごせるのなら、それに越したことはないだけだった。


「ところでさぁ、友瀬くん? 君、夏休みはどうだった? 楽しかった」

「え?」


なぜそんなことを僕に訊くのだろう。


「別に普通、だけど……」

「そう? 誰かに会ったりはしなかったの? たとえば……由加里先生とか」


ドキッと心臓が跳ねる。

まだ気にしていたのか。


「それから、美咲とも、ね」


安原さん? なぜ彼女の名前が?


「まあいいや。けど、友瀬くん。あまり期待は持たない方がいいよ。彼女達は教師として、クラスメイトとして、君に優しくしてあげてるだけなんだからさ」

「……」


そんなこと、言われなくても分かってる。


「それじゃあ、二学期もよろしくね。友瀬くん」


僕から受け取った札をヒラヒラさせながら踵を返し、柴山たちは去っていく。

僕はその背をじっと見つめる。


彼との因縁はまだ、終わっていない。




教室へ向かう途中、廊下で一人の先生と出くわす。

社会科の根本幸司先生だ。


「おはようございます」


僕は軽く頭を下げて挨拶をする。


「ああ、おはよう……なんだ、お前か」


不機嫌そうな声が聞こえて来て僕が顔を上げると、根本先生の顔もまた不機嫌そうな表情をしていた。

気のせいでなければ、すれ違い様に舌打ちのようなものも聞こえた気がする。


ただ、そのような態度をとられる理由には覚えがあった。


一学期の期末試験、僕がカンニングをしたとして誤った糾弾をした根本先生は、それが誤解であったということが分かった後、その責任で減給になったらしい。


なので気持ちは分からないでもないんだけど、僕にあたられても困る。




それから数日が経ったある日の朝。

僕が教室に行くと、珍しく隣人の眞白さんがまだ登校していなかった。いつもならとっくに登校して本を読んでいる時間なのに。


まあそんな日もあるかと思っていたのだが、しかしいつまで経っても眞白さんは教室に顔を見せず、とうとう始業を告げるチャイムが鳴った。

どうしたんだろう? 具合悪いのかな。


僕は休み時間にLINEを送ってみることにした。

一学期の打ち上げの際に、僕は安原さんと眞白さんの二人とLINEを交換していたけど、三人のグループ部屋を作ったきりだったので、個別には初めて送る。

というか、そもそも友達に送るのも初めてだ。緊張する。


授業中に散々考えた挙げ句、僕は『今日、休みみたいだけど、大丈夫?』という、シンプルな文面で送った。

しかし、既読はついたが、眞白さんからの返信は、結局その日が終わるまで返ってくることはなかった。


こうして、人生初、友人へのLINEは、既読スルーされて終わることとなった。死にたい。




「ああ、眞白か」


夕食を食べながら、僕は由加里先生に訊ねてみた。先生なら休んだ理由も知っているかと思ったからだ。


「一応、本人から連絡があったんだがな。体調不良としか口にしなかったな」

「そう、ですか……」


大事でなければいいんだけど。ただ、それならどうして僕にそう返事をくれなかったんだろうか。僕、嫌われてはないはず……だよね? 自信なくなってきたぞ。


「私からもひとつ、君に訊きたいことがあるんだが」

「あ、はい。なんでしょう?」

「まあ、まだ二学期が始まったばかりだから何とも言えないとは思うが、今日、安原の様子はどうだった?」

「安原さんですか? ええと、どう、とは?」

「なに。今日の練習なんだがな。あいつ、まったく集中できていなかったんだよ。心此処に非ず、といった具合にな。だからクラスではどうだったか気になったんだが」


安原さんが? バスケに集中できていないなんて珍しいな。


「エースがあれでは困る。まだ一年だが、あいつはチームの要なのだからな」

「そうですね……教室では普通に他の人と話してたと思いますよ」

「そうか。それなら、まあ、もう少し様子を見るか」

「それより先生」


僕は居住まいを正し、あらためて先生に向き直る。そんな僕に、由加里先生は、何事かというような眼差しを向ける。


「どうした?」

「僕、二学期も中間、期末と頑張りますので、合宿での指導よろしくお願いします」


キレ良く頭を下げる。頭上で、先生のフッと笑う吐息が聞こえて来た。


「ああ、もちろんだ。二学期もバシバシ厳しく行くからな。覚悟はいいか」

「ウッス!」


と、そこで、テーブルに置いた由加里先生のスマホが震えた。

画面に表示された名前を目にして、先生は小さく溜め息を吐いた。


「また母さんか」

「最近多いですね」

「ああ、ちょっとな。少し隣で話してくる。食事中にすまないな」

「あ、いえ。ごゆっくり」


寝室へ向かう先生の背を見つめながら、もうひとつ強く思ったことがある。


もっと、先生と近づきたい。

そんな想いもまた、日増しに強くなっていた。


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