▶眞白可奈

眞白さんが学校に顔を見せなくなって、既に一週間以上が経つ。


相変わらずLINEの方に返事はなく、由加里先生も電話で聞き出そうとしているのだが、体調不良の一点張りらしい。


一度、保護者の方にも連絡をしたようなのだが、「理由は聞いてないけど、今はそっとしておいてほしい」とのことだったらしい。


ただ、これ以上の欠席は進級に関わってきてしまうようで、そろそろ本格的に介入しようと思っているのだと、由加里先生は言っていた。


僕は彼女の力になりたいからと、由加里先生にギリギリまで待ってもらえないか頼んでみたところ、あと一週間なら待つ、と言ってくれた。


それから、もうひとつ。

由加里先生が、これまで敢えて僕に口を噤んでいたことをひとつ、教えてくれた。


「本人からは固く口止めされていたことなんだがな。解決の糸口になるかもしれないから、私の責任で君にだけは伝えておく」


そう前置きをしてから教えてくれた内容に、僕は驚いた。



「友瀬。君が虐めを受けていると私に報告してくれたのはな、眞白なんだよ」



誰も気づいていないと思っていた柴山たちの本性に、眞白さんは気付いていた。

しかも、それを由加里先生に報告してくれたのが、眞白さん?


そういえば、あの日、たしかに先生は言っていた。

―――先日、一人の生徒から相談されてはじめて知ったんだ。


ということは、彼女が報告してくれていなければ、僕が虐められていることは誰にも知ってもらえなくて、当然、由加里先生との合宿もなかったということになる。


なんてことだ。

僕は期末試験の一件よりも前に、もっと大きなことを助けてもらっていたってことなのか。


僕は拳を握り締める。

絶対に、眞白さんを助けようと誓った。




僕は由加里先生に聞いた話からヒントを探ってみようと思った。


どうして、眞白さんは柴山の本性と、僕への虐めに気付いたのか。

柴山は決して隙を見せない。間違っても自分の本性が周囲に気付かれないように画策している。

だから、普通なら知ろうと思っても気付けない。ならば、そこになにかヒントがあるはずだ。


ただ、今のままではまだ手札が少ない。まずは情報収集から始めよう。


この場合、まずは交友関係からあたるのが定石なんだけど、思えば眞白さんが仲の良いクラスメイトって、僕と安原さん以外に見たことがない。


ということは、残るはあとひとつ。

眞白さんは園芸部に所属していると言っていたので、そちらをあたってみることにした。


「し、失礼しま~す」


放課後。

園芸部の部室を訪れた僕は、恐る恐る扉を開いた。


「はい? なにかご用でしょうか」


部室には、大人しそうな雰囲気の女子が二人、椅子に座っていた。どちらも同じ一年生のようで、眼鏡を掛けた子と、おかっぱの子だった。


ああ、よかった。

入る前はどんな部員がいるのかと緊張したけど、眞白さんと雰囲気が似ていて、話しやすそうだ。

これでウェーイみたいな人がいたらたぶんこのまま帰ってたかもしれない。


「あの、僕、眞白さんと同じクラスの友瀬って言うんですけど、ちょっと眞白さんについて訊きたいことがあって」

「眞白さんの……?」


すると、彼女の名前を耳にした二人の表情が、みるみるうちに翳っていく。彼女達も眞白さんのことを心配していたのかもしれない。

これはもう、単刀直入に切り出した方がいいだろうと思った。


「知ってると思うんだけど、今眞白さん学校休んでて、理由は体調不良ってことになってるけど、僕は何かあったんじゃないかって思ってるんだ。けど、詳しいことは全然知らなくて。もし何か知っていることがあれば教えてほしいんだ」


僕が言ってから二人はしばし互いに見合った後、眼鏡の子の方が訊ねてきた。


「あの、友瀬くん……は、どうして眞白さんのことを?」

「友達なんだ。それに、眞白さんには一学期、僕がピンチのときに助けてもらったんだ。だから、今度は僕が助けるって約束したんだよ」


真剣な声色で言って、二人を見つめる。

僕の表情から伝わったのか、二人は自分達の向かい側の椅子に座るよう、僕を促してくれた。

僕はそこに腰を下ろす。


「私達も彼女が部活来なくなったから、心配してたの」

「二人とも、眞白さんへの連絡は?」

「もちろんしたよ。でも、はじめは返事があったんだけど、今はもう……」


僕と同じか。


「返事も、ただ『大丈夫』としか返ってこなくて」

「やっぱりあれだよ。北見さんと何かあったんだよ」

「え? 北見さん?」


なぜここで彼女の名前が?


「北見さんと、なにかあったの?」


二人は重々しく頷く。おかっぱの子が詳細を教えてくれた。


「実は、二学期になってすぐのことなんだけど。突然、この部室に北見さんとそのグループの人達が可奈を訪ねて来たのよ。なんかちょっと怒ってるっぽくて、特に北見さんはすごく不機嫌そうだった」


おかっぱの子に相槌を打ちながら、眼鏡の子が続きを話す。


「そのまま連れて行かれそうになって、私達、先生呼んでこようかと思ったんだけど、眞白さんが「すぐ戻ってくるから、大丈夫」だって言って部室を出て行った。本当に少ししたら戻ってきたんだけど……なんか、ひどく怯えているようだった」

「その三日後くらいから、可奈が来なくなったんだよね」


学校を休むようになった日と一致する。

その北見さんとの一件が原因であるのは、間違いないだろう。


「北見さんが訪ねてきた理由とか、そこで何があったとかって、分かったりする?」

「何があったのかはわからないけど、北見さんが来たのって、やっぱあれじゃない? 腹いせよ」

「だよね。あの噂本当だったんだよ」

「噂?」

「夏休みに北見裕子が柴山くんに振られたって話」


なぬ?


「その噂って、本当なの?」


僕が訊ねると、眼鏡の子がなぜか待ってましたとでも言うように、したり顔で眼鏡に手を添える。


「間違いありません! なにせ親衛隊の皆様からの確かな情報ですから」

「し、親衛……?」


え? なんて?


「実は私、柴山くんのファンクラブ会員なんです! 彼に関する情報だったら、誰よりも早く入手しているのですよ」


なにそれ? 


「へ、へぇ~……そんなものがあるんだね」

「そうですよ! 男子のファンクラブの中でも圧倒的会員数で、その人気は一年生だけに留まらず、他学年の女子からも大人気なんですッ! いま最も勢いのあるファンクラブ筆頭ですよーッ」


そ、そうなんだ。

ていうか、なんかさっきまでと口調変わってないか、この子。


「ファンクラブの子達にとっても北見さんは脅威だったの。なにせ、柴山くんに一番近い存在だったから」


まさか、柴山くんのファンクラブなんてものがあったなんて。彼の本性を知る僕からするば信じられない話だった。

おい、あいつだけはやめておけ、って教えてあげたいところだけど、そんなことを口にしたらすぐにでも追い出されかねないので黙っておこう。


「だから二人の動向は常に誰かが探っててね。ゴールインなんて速報が流れてきたらどうしようかって、気が気じゃなかったのよ」

「ああ、なんか一時、掲示板すごい睨んでたよね。可奈はなぜか柴山くんはやめときなって言ってたけど」


あ、もう眞白さんが言ってくれてた。そういえば彼女も知ってるんだもんな。

それより……


「掲示板って?」

「ファンクラブ会員のネット掲示板。柴山くんに関するいろんな情報がそこに流れてくるの。まぁ、一時期は北見さんについての情報も流れてきてたけど」

「北見さんの? 何か気になることってあったりした?」

「そういえば、そこで可奈が北見さんと同中だって知ったんだよね」


それは僕も初めて知った。そうだったのか。


「でも最近、もっと気が重くなるような情報が流れてきたのよ」


はぁ、と溜め息をつきながら。


「というと?」

「なんとね、柴山くんに好きな人ができたっぽいんだよねぇ~」


そうなの? なんか遊んでるイメージがあったけど。


「ちなみに、その相手って分かってたりするの?」

「まだ集めた情報からの憶測なんだけど、恐らく安原さんなんじゃないかって」


安原さん? マジで?


「まあ、まだ憶測だからなんとも言えないんだけどね」


もし憶測通りなら友人として見過ごせない。外れてくれてることを願おう。



とりあえず、二人からいろんな話を聞くことができた。

やっぱり、二学期が始まってから北見さんとの間で何かがあった、というところがポイントだろう。


僕は二人にお礼を言って、部室を後にした。


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