▶安原美咲
僕は学校にいる間、授業中や休み時間など、それとなく安原さんの様子を観察してみた。
彼女はいつもと変わらずクラスメイト達と楽しそうにおしゃべりをしていて、一見すれば彼女自身に変わった様子は見られない。
ただ、ひとつ。
彼女を取り巻く環境の方に、気になる変化があった。
それは、一学期のとき以上に、柴山くんの安原さんへの接触が増えたことだ。
朝の軽い挨拶から、気付けばちょっとした休み時間や昼休み、時には放課後にも話していることがある。
それ自体は機会が増えたというだけで、特におかしなことではないのだが、気になるのは、そんな二人の光景を目にした周囲のクラスメイトが、何やらそわそわとしていた様子が目に映り、ちょっと気になった。
それとは逆に、柴山くんと北見さんが一緒にいるところを目にすることは、少なくなっていた。
その辺に安原さんの不調の原因があるような気がして、彼女に訊ねてみようと思った。
僕は安原さんが部活の休みの日を狙って、勉強会に誘った。彼女は快く頷いてくれた。
「眞白さん、大丈夫かな」
図書室で勉強を始めてから少しして、僕はそんな話題から切り出した。
「そうだねぇ……」
やはり心此処に非ずといった、気持ちの入っていない声。
見れば、先程から安原さんのノートは一ページも進んでいなかった。
べつに落ち込んでいるといった様子ではない。ただ、身が入っていない感じだ。
もう、直接訊いてみようか。
「安原さんは、最近何かあった?」
まさか自分の話題になるとは思っていなかったのか、安原さんは目を丸くして僕を見つめる。なんだか今日初めてしっかりと目が合ったような気がした。
「んー? なんでー」
「立花先生も心配してたよ。最近、部活に集中できていない、って」
「そっかぁ……」
「もし何かあったなら、僕でよければ話してくれないかな」
「優徒……」
安原さんはしばし僕の目を見つめてから、やがて観念したように小さく息を吐く。それから机の上にペンを放り、椅子の背もたれに深々と寄りかかった。
「じゃあさー、ひとつ訊いていいー?」
「うん。もちろん」
「優徒っていま、好きな人いる?」
……はい?
「えっと……それは、どういう」
「どうって、普通に好きな子いるかってことだよ。もちろんloveの方ね」
「いやいやッ! なんで急にそんなこと……」
もしかして、何か考えがあるのかな?
見ると、安原さんの表情は興味津々というよりは、何かを確かめようとしているような真剣味を帯びた表情をしていた。
とは言え、何と答えたものか。
由加里先生です! なんて口が滑っても言えるはずがない。
「いや、僕はいない……かな」
生徒の中には、ということで勘弁してください。
「へぇー。そうなんだぁ」
ふぅ~ん、と興味あるのかないのかよく分からないような表情。いったいなんなんだ?
「けど、どうしてそんなことを」
「やー、実はさ、あたしこの前、恭平に告られちゃってさー」
「え?」
ええぇ!?
「あ、これ他の人には黙っててねー」
「そ、それで? 安原さんはなんて」
「いやーそれがねー、あたしこの手の話は初めてでさー。すっごいビックリしちゃって、なんて答えたかよく憶えてないんだよね」
「へ? まさか、それでオッケーしちゃってた、とか?」
「いや、オッケーはしてないよー。それは絶対」
「あ、そうなんだ」
よかった。とりあえずは一安心。
「それじゃあ、安原さんが思い悩んでるのは……」
僕が訊ねると、安原さんは困ったような表情で腕を組み、うーんと考え込む。
そして、
「なんて言えばいいのかねー。付き合い方っていうか、付き合うってどういうものなんか分かんない、みたいな」
「どう返事すればいいか、迷ってるって感じ?」
「うん、まあそんな感じ。ただ向こうとしてはさ、両想いじゃなくても、片方が好きなら付き合うもんだって言うのよねー」
「安原さんは柴山くんのこと、どう思ってるの」
「そこなんだよね。あいつにも言われたんだけどさー。あたしは別にあいつのことが好きとかじゃないけど、嫌いでもない。それに、他に好きな人がいるわけでもないし。そう言ったら、じゃあ付き合おうよ、って。それが普通だ、って言われてさ」
そんなものなのかな。長いこと陰キャぼっちで過ごしてきた僕にはよくわからない。
「その告白って、いつされたの」
「二学期始まってすぐだったかな。あいつ、なんか珍しくあたしが部活終わるまで待っててさ。二人きりで帰ることになって、そのままご飯行って、その帰り道に、ね」
なんとういうか……思い描いたようなリア充的な流れだな。僕にはハードルが高い。
「そっからずっと保留しちゃってんだけどね。けど、あたしはあいつの言う普通ってのが分かんない」
安原さんが弱々しげに肩を落とす姿は珍しかった。彼女は目を伏せ、そのまま自身の両腕を抱いて、呟いた。
「あたしも誰かと付き合ったことなんてないからさー、うまく言葉にできないんだけどね。付き合ったら、まあその、なんだ……キス、とか、躰触られたりとか、あるいはそれ以上のこととか。そういうのも、普通のことなのかね」
ほんのりと頬を赤らめて言うもんだから、彼女の桜色の唇や華奢な体躯、大きく机の上に乗り上げた胸の膨らみなどを変に意識してしまって、ドキッとしてしまう。
「それは……」
経験のない僕には、まだ分からない。
けど……
「なにか、あったんだね」
虚を突かれたような表情。やっぱりそうか。
「なんで、分かんの」
「なんとなく、そんな気がして」
「そっか…………じゃあ、全部、聞いてもらおうかな」
そして、安原さんはその日のことを、詳細に語り始めた。
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