▶安原美咲②

なんとなくモヤモヤが残った夏休みが終わり、あたしは新学期を迎えた。


優徒も可奈ちんもちゃんといる。二学期も(主に勉強面を)よろしくね!


みんな元気でなにより、と思ったけど、なんとなく裕子の元気がないように見えるかも。なんかあったのかな? 明日も同じ感じだったら声掛けてみよう。


「おはよう、美咲」


教室に入ってすぐに声を掛けてきたのは、恭平だった。


「うん! おはよー」

「二学期もよろしくね。夏休み、部活忙しかった?」


そういえば、夏休み中に恭平から何度かLINEが来てたっけ。部活ばっかで誘い断っちゃってたから、悪いことしちゃった。


「そうなのよー。連絡くれたのに、ごめんねー」

「いや、いいよ。それより、今日も部活かい」

「うん。そだよー」

「それじゃあ、部活終わった後、二人で帰らない? 話したいことがあるんだ」

「話したいこと? けど、終わるの遅いよ?」

「ああ。何時になろうと構わないよ」

「分かった。じゃあ、終わったら連絡するねー」

「いや、校門で待ってるよ。美咲、連絡忘れるでしょ?」

「む! そんなことないよぉ」


そう言ってみたものの、可能性は無きにしも非ず。すみません。


部活終わりの放課後。

恭平と一緒に学校を出て、途中ファミレスに寄った。

ホントは裕子とかもいるかなって、ちょっと期待してたんだけどな。最近、裕子と遊んでなかったから。


話があるって言ってたけど、ファミレスでは他愛もない話をして過ごした。

その帰り道。


「少し、僕の家寄ってかない?」

「え? いや、もう遅いし。普通に迷惑んなるでしょ」

「……そう。それじゃあ、この先の公園に寄って行こうか」


街灯一つのみの小さな公園。とっくに陽も沈んで、公園内にはあたし達の他に誰もいない。

てきとうにベンチに二人並んで座る。後になって思えば、少し距離が近かったかもしれない。


「夏休みはずっと部活だったのかい?」

「まあねー」

「じゃあ、遊びに行ったりとかはしなかったんだ? 部活の子以外と会ったりも?」

「そうなのよ。けど、合宿とか楽しかったよー」


そういえば、一回優徒と会ったっけ。まぁ、あれは偶然だったけど。


「ねぇ、美咲」


改まった声でそう言って、恭平が真剣な眼差しを向けてくる。


「美咲はいま、誰か好きな人はいるのかい」

「え?」


え? 好きな人?

一瞬、誰かの顔が頭に浮かんだ気がしたけど、すぐにそれを振り払う。


「いや、べつにいないけどー」

「それじゃあ―――」


恭平の顔が近くなる。そして、あたしにはあまり耐性のない言葉を、彼はなんてことないように口にした。


「僕と、付き合ってくれないかな」


すぐに、言葉が出てこなかった。

えっと……付き合うって、あの付き合うってことだよね。


「え? え? いや、なんで、あたし?」

「なぜって、君が好きだからだよ」

「好――……」


そんなこと、初めて言われた。

けど、なんだろう? あたしを見つめる恭平の瞳の違和感……。あたしと合わないっていうか、どこか、違う何かを見つめているような……?


「それって、いつから」

「同じクラスになって、君と出会った日からさ」


はじめから、か。そうなんだ。


「どうかな?」

「えっと……ごめん。突然すぎて分かんないっていうか、頭が追いつかないっていうか。その……」

「美咲は僕のこと、嫌いかな」

「え? や、そんなことないけど」

「よかった。なら、これから好きになればいい。そうなってもらえるよう、僕は君に歩み寄っていくよ」


ビックリして躰がかたまっちゃってたけど、気付けば恭平の腕があたしの肩に回されていた。


「だからさ、とりあえず付き合ってみようよ、僕達。決して失望はさせないからさ」


そして、もう一方の手があたしの頬に伸びてきて、触れる。たったそれだけで、あたしは顔を逸らせなくなる。しっかり肩も掴まれていて、動けない。

うそ。なんか恭平……

そのまま恭平の顔が、唇が近づいてくる。このままじゃ触れ―――


「ちょっ、待って! なにしてんの」


反射的に躰を離して、反動で恭平の腕を振り払う。

あたしの反応に、恭平は不思議そうな顔をしていた。


「なにって、僕の想いを伝えようと思っただけだよ」

「いや、それでなんでそうなるの? あたし、まだ付き合うなんて言ってないでしょ」

「もちろん分かってるさ。だから君に振り向いてもらおうと、こうしてアピールしてるんだけどな」

「けど、そういうのってもっとこう、順番とかあるでしょうよ」

「順番? それって、手を繋ぐことからはじめて、デートを重ねて、キスして……ってことかい? あのね、美咲? 僕達はもう高校生なんだよ? いつまでもそんなプラトニックな恋愛をするほど子供じゃない」


そんなの、あたしにはわかんない。


「そんな青くさいことをして、僕は美咲に失望されたくないからね」


いや、しないし。っていうか、むしろ逆なんじゃないの?


「ごめん……あたしはすぐにはそういうこと、受け入れられない」

「……そう」

「うん、ごめんね。じゃあ、あたし、そろそろ帰るね」


鞄を肩に掛けて、踵を返したところで、


「美咲」


恭平に呼び止められる。


「僕は本気なんだ。それだけは分かってほしい」

「分かった。ありがとね」


それだけ告げて、あたしは公園を後にした。


恭平の突然の告白には、すっごい驚いた。面と向かって好きなんて言われたのは初めてだったから。

なのに、どうしてだろう?

驚いてばかりで、なんか、こう……


あたしは自分の胸に手を充ててみる。

好きってもっと、ドキドキするものだと思ってたんだけどな。



×



「そんなわけでさー、驚きとか戸惑いみたいのが強くて、いまいち好きかどうかとか、よく分かんなかったんだよねー。だから咄嗟に返事できなくてさ」


ただ……、と安原さんはどこか遠くを見るような目で窓の外を眺めなながら、頬杖をつく。夕焼けが、図書室をオレンジ色に染める。


「優徒も気付いてるかもしれないんだけどさー。どっから話が漏れたのか、最近あたし達のことを周りが騒ぎ始めたっていうかね。付き合っちゃいなよー、みたいな声がよく耳に入ってくんだよねー」


ああ、あのソワソワの正体はそれだったのか。たしかに側から見ればビッグカップルだもんね。


頭の後ろで両手を組んで、安原さんは天井を見つめながら溜め息を零す。


「なーんかああいう空気って苦手なんだよねー。べつに悪口言われてるわけじゃないからさー、こっちから強く言ったりできないし」


たしかに、安原さんだったら何でも素直に口にしそうだよね。それがいいところでもあるんだけど。


「まぁ、その所為で、ってわけじゃないけどさー、最近部活に集中できないこともあってね。由加里ちゃんとか先輩に怒られちゃった」

「そっかぁ……」


それも安原さんの長所故の悩みなんだろうなぁ。

勉強会のときもそうだったけど、安原さんは何に対しても全力で臨む子だ。

それはきっと、恋愛に対してもそう。たとえそれが、柴山の一方的な価値観でのものでも。

だからたぶん、何か憂いを残したままじゃあ、他のことに集中できないのだろう。


ならば、やるべきことはひとつ。答えを出すことではないだろうか。

けど、安原さんはいま、その答えを出せずにいる。

だから僕は、彼女に言った。


「一緒に、探そうか」


勉強だって同じだ。一人でやって分からないところは、誰かに聞けばいい。


「僕でよかったら、手助けをさせてほしい」


僕がそう言うと、安原さんはきょとんとした表情で僕を見つめていた。

あれ? 僕なんか変なこと言ったかな。


「なんなのよ、もー」


安原さんがにぃッ、と挑戦的な笑みを浮かべてくる。


「なーんか今、ちょっとカッコいいじゃんって思っちゃったよ。優徒」


その言葉にドキッとしたけど、僕は努めて冷静に頷いた。



「ありがとね! 優徒。頼りにしてるよ」

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