第33話 三者三様~由加里~

「いよいよ、今日から期末試験だ。皆、今日まで十分に準備してきたと思う」


そう告げて、私は生徒達の顔つきを見回す。

優徒と目が合うと、あいつは自信ありといった笑みを浮かべていた。いい顔つきだ。


「各々悔いの無いように臨め。それでは、試験を始める」


正直、今回の期末試験でいきなり優徒の望む結果が得られると、私は思っていなかった。

理由は、合宿のほとんどが中間試験の復習に充てられ、期末試験対策に充てられた時間が少なかったからだ。


けど、合宿でのあいつの成長は著しかったし、うまく安原を合流させて以降は、合宿以外の時間でもがんばっていた。もう私の知る範囲だけでは推し量れない。


だからこそ、結果が楽しみでもあった。

結果が全てではないが、あいつの努力がどれ程実るのか、それを見てみたかった。


そういえば、なにか褒美とか考えておいたほうがよかったか。あいつはあまりそういうことを口にしないからな。今度聞いておこう。



一日目、二日目共に手応えがあったようだったことが、優徒の表情から伝わってきた。いい調子のようでなによりだ。

残すは最終日。

私の担当する数学もある。採点するのが今から楽しみだ。



だが―――

私の知らないところで、思いもよらなかったことが起きていた。



試験中は、教科ごとの担当教師が、諸連絡等で各教室を回ることになっている。問題ミスの摺り合わせや、生徒からの質問を受け付けるためだ。


さて、次は自分のクラスだ。

優徒は頑張っているだろうか。ほんの少し胸を踊らせながら、扉を開ける。


私はそこで、クラスの違和感に、すぐに気付いた。


―――友瀬が、いない……?


どういうことだ。なぜ、あいつがこの場にいない?

よく意識してみれば、教室に漂う生徒達の空気に、どこか違和感を覚える。なにかアクシデントのようなものがあったことは、明白だった。


「あの、根本先生、なにかあったんですか? 友瀬はどうしたんです」

「ええ、ちょっと。詳しくは試験後にお伝えします」


試験中であることを考慮してか、根本幸司先生は詳細を口にしなかった。

正直に言えば、火急のことであるならば、この場で耳にしておきたかったのだが仕方がない。


「わかりました。では、試験問題についてだが――――」



それから試験が終わってすぐ、優徒が数学の試験中にカンニングをしたという話を聞いた。


私は信じられなかった。絶対に有り得ないと確信していた。

なぜなら、私はあいつの頑張りを、一番近くで見てきたのだから。

あいつがカンニングなど、馬鹿げているにも程がある。


私は各先生方から試験を回収した後、すぐに生徒指導室へ向かった。

部屋には優徒と、向かいに根本先生も座っていた。入ってきた私に、根本先生がぱっと顔を向ける。優徒の方は俯いたままだった。


「お疲れ様です! 立花先生」

「お疲れ様です……それで、いったい何が」

「それがですね、彼が机にカンニング用紙を忍ばせていましてね。それを試験中に見ていたんですよ」


まさか……!


「根本先生が、それを目撃されたのですか」

「いえ、生徒からの通告がございましてね。僕が机の中を調べたところ、この用紙を発見したわけです」


私に一枚の用紙を見せながら言う。パソコンで打った文字を印刷したもの。これでは誰の仕業かは分からない。


「しかし、これだけでは友瀬がカンニングをしたという証拠には……」

「たしかにそうかもしれません。ですがね、立花先生。僕は生徒の言葉を信じたいのです」


そう、強く熱弁する根本先生。それなら優徒の話も聞いてあげてほしいものなのだが。


私は視線を根本先生から優徒に向ける。


「友瀬……」


呼び掛けるが、彼は俯いたままだった。


「友瀬。何があったんだ? 君は……」


私は、君の言葉が聞きたい。

だが、彼はすっと立ち上がると、


「今日は、自分の家に帰ります……」


それだけ告げて、逃げるように教室を出ていってしまった。


友瀬。

私はお前を、信じてるからな。



その日のうちに、優徒の処遇を決める職員会議が開かれた。

まずは試験監督として根本先生が一通り事情を説明すると、教頭が頭を抱え、大きく溜め息を吐いた。


「まさか、我が校の生徒が試験中に不正なんてことを……」


世間のイメージがどうのこうのとブツブツ呟いている。


「どうします? 教頭先生」


先生の一人が教頭に決を求める。


「まあ、順当に行けば停学、あるいは退学、か……」

「お待ちください、教頭先生!」

「立花先生。なんでしょうか」

「私には、彼がカンニングをするような生徒だとはとても思えません」


「立花先生! ですが、僕が実際にこの目で」


と、根本先生。あなたが見たものはコピー用紙だけだろう。

だが、彼が押し通そうとするのも無理はない。無実の生徒に言い掛かりをつけたとなれば、減給ものだからな。


「まあ、ご自分の生徒は贔屓目で見てしまいがちですしねぇ」


違う。私はそんなことはしない。それをここで言っても仕方のないことだが。


と、そのとき。

会議室の扉がノックされた。こちらが返事する前に、扉が開けられる。


「失礼しまーすっ!」

「し、失礼、します……」

「お前たち……」


入ってきたのは、私のクラスの生徒二人。

安原と眞白だった。

二人がここに来た理由は、すぐに分かった。


「なんだね、君達は? 今は会議中だ」

「その会議のことで、話があるんですけどー」

「安原! これは生徒が口出しできるような話じゃないぞ」


根本先生が立ち上がり、安原に声を上げるが無視している。彼女はあまり気に留めていない様子だった。

私は教頭に顔を向ける。



「教頭先生。少し、二人の話を聞いてあげてもらえないでしょうか」




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