第2話 プロローグ2

「それで? これが君の願いなのか」


くぐもった由加里先生の声が、バスルームに響く。


「もちろんです! だって、こうでもしなきゃ、先生絶対オッケーしてくれないじゃないですか」

「あっ、当たり前だっ! 生徒とこんなことっ……私は教師だぞっ」


そう言いつつも聞き入れてくれるあたり、相変わらず押しには弱い。それにもう、あらゆる面で今更だ。


まあ、由加里先生がここまで狼狽えるのも当然と言えば当然で。

僕達はいま、一緒に浴槽に浸かっている。

しかも僕は先生の太腿に挟まれながら、背を預けている。当然、背中に由加里先生の大きな膨らみが当たり、その柔らかさを堪能している状態なのだ。


「だいたいだな。私が言うのもなんだが、普通逆なんじゃないのか、これ」

「えっ、いいんですか? それならそれで、喜んでそうしますよ。後ろから先生の体を抱きしめて……」

「ちっ、違う! そういうことじゃないっ! 誰がそうしろと言った」


勢いよく振り返った僕の顔を、先生は真っ赤な顔で慌てて押し返す。


「そういえば、先生。どうして一緒にお風呂入るのそんなに厭なんですか」

それ以上のことを毎晩しているというのに。


由加里先生はぱしゃり、と掌に掬い上げたお湯を僕の肩に掛けながら呟いた。


「だって、明るいから……」

「え」


似つかわしくない、弱々しい声。

先生の手が僕の肩を這って、力なく湯船に沈んでいく。


「私、もう26だぞ。もう誤魔化せない体の部分とか、その……いろいろとだな、見せたくないところとかあるんだ」


だんだんと声の方も力なくなっていく。

学校では体育教師顔負けなほど厳格な教師として恐れられている由加里先生だが、それ以前に彼女もまた、一人の女性なのだ。


だから今は僕も、学校が終われば彼女を一人の女性として認識して接している。

もちろん、本来が生徒と教師である以上、それはどこまでいっても変わることはないけれど、それに縛られて触れ合うような関係ではいたくない。


僕は、湯船に沈んだ先生の手の甲に、そっと自分の手を重ねた。


「関係ないですよ、そんなの」

「ん?」


「僕にとっては誰よりも何よりも先生が美しいです」


これまで僕が見てきた、先生の姿を思い返しながら告げる。


「先生の全部が綺麗で、眩しくて……好きなんです」


すっと、顔だけ振り返り、真剣な眼差しを送る。


「先生と一緒にいられることが、幸せなんです」


あまりに真面目なトーンで伝えたためか、由加里先生は虚を突かれたように一瞬目を丸くし、そして、すっと微笑んだ。


「随分と男らしくなったじゃないか、優徒」

「先生のおかげですよ。僕に自信をくれたのは」

「それは違うさ」

「違わないですよ」

「む。なんだか少し頑固にもなったな、お前」

「それも先生のおかげですかね」


にぃっと悪戯っぽく笑うと、つられて先生も似たように笑った。


「生意気だぞ、優ぅ……徒ッ!」


背中から先生が勢いよく僕を抱きしめてくる。バシャッ、と音を立てて湯が跳ねた。


「ちょっ、先生? 急にどうしたん――」


とん、と先生の細い顎先が右肩に乗せられたかと思うと、そのまま僕の右頬に先生の左頬が触れるほど密着してくる。


「先生?」

「ああ……落ち着くなぁ、これ。偶にならこういうのもいいかもなぁ」


そう耳元で囁きながら、リラックスしている先生。

ああ、これはヤバいな。


僕は右手で、真横にある先生の空いた右頬をそっと撫でる。そのまま抱くように触れながら顔を向けても、先生から抵抗はなかった。


互いに無言で見つめ合って、そっと唇を重ねた。


一度目はそれだけで離し……。

それ以上は止められなくなると解っていながら、僕は、僕達は深く絡み合っていった。


もちろん、健全な男子高校生が浴場の一回だけで萎えるはずがなく、僕達は風呂から上がると、そのままベッドへと向かった。

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