第17話 そういえば

それから一週間が過ぎ、6月に入る。

世間では衣替えの時期を迎えていた。


「仕事で遅くなってすまなかったな。腹減ってないか、友瀬」


帰り道。車を運転しながら、由加里先生が訊ねてくる。

部活の指導が長引いてしまったようだった。もうすぐ大会ということで、最近は部員共々特に気合いが入っている。


「いえ。お疲れ様です、立花先生。先生の方こそ、お腹空いてるんじゃないですか」


由加里先生は女性にしては食事の量が多い方だ。日によっては僕よりもたくさん食べるときもある。きっと、それだけ教師という仕事にエネルギーを使っているのだろう。

それでいて、このプロポーションなのだ。エネルギーは仕事に消えてるとして、カロリーはどこに消えてるんだろうと思いながら、僕は隣で運転する由加里先生の思い当たる節に視線を向ける。

スーツの上からでも判る盛り上がりに、思わず息を呑んだ。何度見ても眼福です!


「そうだな。今日はなにを作ってくれるんだ?」

「うーん、そうですね……」


合宿の食事当番は、すっかり僕の役割になっていた。


「あ、そういえばもう食材がなくなりそうだったと思います」

「ああ、そうだったか。なら、この先のスーパーに寄っていこう」


ウィンカーを出して、行きつけのスーパーへと向かう。


「トイレットペーパーも切らしていたから、ついでに買っていくか」


そのスーパーは食品だけでなく、日用品や薬類も取り扱うドラッグストアも兼任しているので、大変便利なスーパーだ。


「そういえば、先生。ひとつ訊いてもいいですか」


食品を買い出しに行くということで、ひとつ思い出したことがある。


「なんだ?」

「先生って、これまでは普段どんな料理を作ってたんですか」

「え―――?」


先生の表情が凍りつく。

いや、いつも眉をつり上げている印象が強くて、元々表情豊かな人じゃないから気のせいだろう。ついでに、一瞬運転がブレたように感じたのも気のせいだな。


「な、なぜ……突然そんなことを?」

「ええと、合宿が始まってから食事はずっと僕が作っていたので、立花先生の料理ってそういえば見たことがないなぁと思いまして」


先生はお昼も買い弁なので、弁当も作ることはないし。


「あ、そのっ、べつに料理番がイヤとかじゃないですよ。僕が言い出したことですし。ただ、僕の料理ばっかりで申し訳ないっていうか。先生なら、もっとすごい料理を作れるんじゃないかと思いまして」

「そ、そんなことはないぞ。ま、まあ、そうだな、その……ぼちぼちといったくらいだな」


なんだか歯切れが悪いような。


「それに、君の料理は本当に美味しい。君がいいなら、ぜひこれからも任せたい」

「それはもちろんです。任せてください」

「それはよかった」


ほっとしたように溜め息をつく先生。どうしたんだ?


ちょうどスーパーに到着し、この話はここまでとなった。

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