第19話 澄
翌朝。
僕は一つの企みを思いつき、由加里先生には内緒でいつもより30分早く目を覚ました。
上体を起こす。
隣のベッドでは由加里先生がまだ眠っていた。
側臥位でこちらを向いており、寝返りの際に掛け布団がはだけたのか、すらっと伸びた脚と胸の谷間が無防備に露わになっていた。
柔らかそうな白い肌。
すーという小さな吐息が零れる桜色の唇。
頬にかかる髪。
蠱惑的な光景に、思わず息を呑む。
普段の鋭い眼光や威圧感が身を潜めた安らかなその寝顔は、あまりにもギャップが大きすぎて、頭がくらっとしてくる。
目の前で無防備に柔肌を晒して眠っているのは、鬼でも教師でもなく、女性。それも、とびきりの魅力を持った超絶美人なのだ。
これ以上の誘惑に耐えられそうになく、僕は視線を逸らし、急いでキッチンへと向かった。
「これ、は……」
目を覚ましてリビングにやって来た先生がテーブルの上に置かれたものを見て、目を瞠る。
「おはようございます、立花先生。今朝はちょっと早起きして、お弁当を作ってみました」
そう。僕が早起きして用意した企みとは、昼食の弁当だ。
朝晩の食事当番の他にもなにか力になりたくて、思いついたのが弁当だった。
先生はいつも買い弁なので、少しでも節約できたらという思いつきだった。
と言っても、ご飯と初日に大量に見つけた冷凍食品、あと煮物を少し詰めただけの簡単なものだけど。
ちなみに、弁当箱と包むナプキンは、クローゼットの中に眠っていた例のあれ、だ。
「こんなので申し訳ないんですけど、よかったらお昼に食べてみてください」
「いや、私としてはすごくありがたいし、助かる。だが、勉強の疲れだってあるだろう。早起きをしてまで無理をすることはない」
「無理をしているわけじゃないですよ。ただ、その……先生に喜んでほしくて」
言ってから、ものすごく恥ずかしくなった。
けど、支えたいとか、恩返しがしたいではなんか押しつけがましいというか、そんな感じがして憚られると思った結果、出てきたのがこれだった。うん、恥ずかしいな。
先生はそうか、と言って小さく微笑み、弁当箱を指先で撫でてから、僕に向き直る。
「ありがとう、友瀬。昼食が楽しみだよ」
屈託のない謝辞。
ああ、やっぱり早起きしてよかった。
思えば、こんなに澄んだありがとうを言われたのは、久し振りのことだった。
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