第7話 提案

「落ち着いたか?」

「はい。ありがとうございます」


僕が落ち着くまで、先生はなにも言わず待っていてくれた。

突然涙が止まらなくなって、僕自身本当に驚いた。

先生の微笑んだ顔を見たら、急に堪えられなくなってしまったのだ。


「さて」

先生はあらためて真剣な表情で僕を見る。

なぜだろう。いつもと変わらぬ凛々しさの中には、いつも感じていたはずの威圧感や恐怖を少しも感じなかった。


「君の味方になる。その言葉に偽りはないし、この問題は必ず解決させるつもりだ。だが、その前にひとつ、私からの提案を聞いてもらえないだろうか」

「提案、ですか?」

「ああ」


先生は続く言葉を際立たせるように、ひとつ間を置いてから口にした。


「今回の件だが、友瀬、君自身の力で乗り越える気はないか?」

「え?」


僕は呆然としたまま、言葉が出てこなかった。

先生が今言ったことは、言い換えれば先程口にした僕の味方になるという言葉を反故にするものだったからだ。


そんな僕の心情が伝わったのか、先生は小さく頭を下げてから、


「唐突にすまない。君を見捨てるという意味ではないんだ」


どうやら、言葉の裏に先生の真意が隠れているようで、僕は真剣に構えて先生の話に耳を傾けた。


「たしかに、私から注意を促せば君への嫌がらせは止まるかもしれない。君が望むなら、上に報告して問題提起し、それ以上の処罰だって望めるかもしれないだろう。

だが、君はそれでいいのか?

それでは現状の応急処置にはなっても、根本の解決にはならない。先程君自身が口にしたようにな」


たしかにその通りだ。

より悪化するか、相手が変わるかの違いでしかないかもしれないのだ。


「それは言い換えれば、少し厳しい言い方かもしれないが、君が代わるわけでも、君が彼らを含む周囲に認められるわけでもないということだ。

だから私は、これは君自身が変わるチャンスだと思ったんだ」


机の上に身を乗り出して、先生は僕に訴えかけてくる。

大きな膨らみが机に押しつけられている光景を前にしても、僕は先生の真剣な瞳から目を逸らせなかった。


「だから、どうだろうか? 私と一緒に自分を変えてみないか? 君が望むなら、もちろん私は全力でサポートしようと思っている」


そんな、思ってみなかった提案を、由加里先生は口にした。


「もちろん、現状が苦しくて仕方がないと言うのであれば、今すぐに私が介入する。それもまた、少しも間違いではないんだからな。

ただ、私が見たところ、君はまだ心が壊れてしまいそうなほどに思い詰めているようには見えなかった。だからこの話を提案したんだ」


そして、先生は再び優しく微笑んで、言った


「それに、君には変われる力がある。そう、私は信じている」


「どうして……」


どうして、そこまで……


「そこまで僕なんかを、信じてくれるんですか」


自信を持てるものなんて何一つない。

何をやらせても落ちこぼれで、惨めな人間だ。

そんな僕を、なんでこの人はここまで信じてくれるのか。単純に疑問だった。


「決まっているだろう」


けど、その答えもまた単純で。

先生は愚問とばかりに胸を張ってこう答えた。


「君が、私の生徒だからだ」


その言葉を、僕は一生忘れないと誓った。



ただ、それでも。

それでもね。

具体的にどうするのか。

それを訊ねた僕に返ってきた先生の言葉に、僕はしばらくの間、思考停止してしまった。


「私の家で、合宿をしよう」

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