第4話 妖精の秘宝

「うん、美味しい!」


 私が味見を終えてジャムをビンにつめていると、アケミおばさんがひょっこりと台所をのぞきこんだ。


「甘ずっぱくて良いにおい。ジャム、上手くできたみたいね」


「うん。食べてみる?」


 私が提案すると、アケミおばさんは小さな子供みたいに目をかがやかせた。


「いいの? じゃあ、ちょうど三時だし、クラッカーに乗せて食べてみようよ」


 おばさんが戸だなからクラッカーを取り出す。


「いいね、おいしそう」


「でしょ。せっかくだし、縁側えんがわで食べてみよっか」


「うん」


 二人でよく晴れた縁側にこしかける。青い空と、野菜やハーブの生いしげる緑の庭がばっちり見えた。


「うーん、いい景色」


「こういう所で食べるのも、たまにはいいね」


 これまで住んでたたアパートには縁側なんて無かったから何だかとっても新鮮。


「そうだ、お茶、入れてあげるね」


 アケミおばさんがお茶を入れてくれる。


「これはハーブティー?」


「うん。ワイルドストロベリーの葉のお茶だよ。ちょうどいいでしょ」


「ありがとう。わぁ、良い香り」


 そういえば、ワイルドストロベリーの葉っぱはハーブティーとして使われるってハーブ帳にも書いてあったっけ。


「いただきまーす」


 さわやかな風が庭からふく中、私たちはワイルドストロベリーのジャムをクラッカーにつけてほおばった。


 甘酸っぱくて爽やかな味が口の中いっぱいに広がる。


「うーん、甘くて美味しい。濃厚のうこうだね」


「ローズマリーのスパイシーなかおりも、ちょっと大人なジャムって感じでいいね!」


 でもおいしいのはいいけど、特にフシギなことは起こらない。やっぱり私には、おばあちゃんみたいなフシギな力は無いのかな。


 そう思いながらワイルドストロベリーのジャムを乗せたクラッカーを食べていると、とつぜん強く風がふいた。 


 さわやかなローズマリーの香りとワイルドストロベリーの香りが、辺り一面に広がる。


 すごい。あまいにおい……。


 私がローズマリーの香りにいしれていると、とつぜん頭の中に映画のワンシーンのようにセピア色の映像が流れ込んできた。



妖精ようせい秘宝ひほう?』


 小さな女の子が、黒いのワンピースを着た細身の女性にたずねる。

 夕日の差し込む、見覚えのある部屋。見覚えのある机。女性は手元にあるハーブ帳をなでると、ほほえみながら答えた。


『ええ、そうよ。妖精の秘宝のありかはハーブ妖精が知ってるの。母さんの使い魔のハーブ妖精がね』


 この女の人――おばあちゃんの若いころだ。


 おばあちゃんの顔はうっすらとしか覚えていないけど、直感的に分かった。


 ってことは、この小さな女の子はアケミおばさん?


 今、私が見てるのは、アケミおばさんの小さいころの記憶きおくなの?


 これが、ハーブ帳の力?


 ***



「あー、おいしかった。あんずちゃん、ありがとう」


 クラッカーを食べ終え、アケミおばさんが部屋にもどる。


 私はローズマリーの顔を見た。


「ねぇ、おばあちゃんはハーブ料理を使ってフシギなことを起こしてたって言ってたけど、あれがそうなの?」


「あれって何にゃん」


 どうやらあのセピア色の光景が見えたのは私だけらしい。


 私はローズマリーにさっき見た光景を説明した。


「ワイルドストロベリーのジャムを食べたとたん、セピア色の光景が頭の中に流れ込んできたの。たぶんあれは、アケミおばさんの過去の記憶きおくだと思うんだけど――」


 ローズマリーはうんうんとうなずく。


「あんず、ハーブ帳のローズマリーのページを見てみるにゃん」


「うん。えーっと、ローズマリー、ローズマリーっと」


 言われたとおりローズマリーのページに目を通す。


「ローズマリー。シソ科。記憶力や集中力を高め、軽いうつ病をいやす効果があります」


「花言葉のらんを見てみるにゃん」


 ローズマリーが身を乗り出す。


「花言葉は、記憶きおく・思い出」


「そう、それが私の能力にゃん。つまりワイルドストロベリーの幸運を引き寄せる力とローズマリーの記憶の力があわさって、あんずはアケミの幸せな時代の記憶を見ることができたにゃん」


「へえ、そうなんだ」


 ローズマリーによると、ローズマリーを使い魔にしたおかげで、ローズマリーの記憶に関する力をより強く引き出すことができたんじゃないかって。


 よく分からないけど、すごいなぁ。


「ちなみにあんずの見たアケミの過去の記憶ってどんなものだったにゃんか?」


 私がさっき見た光景をローズマリーに話して聞かせる。


 初めはうんうんと黙って聞いていたローズマリーだったけど、『妖精の秘宝』という言葉が出たとたん、ローズマリーの顔色がさっと変わった。


「なんてことにゃん」


「ローズマリー?」


「あんずが見たという光景は、アケミとウメコの記憶に間違いないにゃん。しかも『妖精の秘宝』に関する記憶だにゃん!」


「妖精の秘宝?」


「そうにゃん。実はこの島には、ウメコが残した妖精の秘宝と呼ばれるお宝があるという伝説があるにゃん。てっきりただのウワサだと思っていたのに――」


「でもおばあちゃん本人がアケミおばさんにその事を話していたってことは、そのウワサは本当だってこと?」


「おそらくにゃ」


「おそらくって……ローズマリーはおばあちゃんの使い魔なのに秘宝のことを知らなかったの?」


 おばあちゃん使い魔が秘宝のありかを知ってるって、おばあちゃんは言ってたのに。


 ローズマリーは残念そうに首を横にふる。


「知らないにゃ。だけどウメコは私の他にも六匹、合計七匹のハーブ妖精を使い魔にしていたにゃん。だからひょっとして――」


「じゃあ、ローズマリー以外のハーブ妖精が知ってるかも知れないってことね」


「そうにゃ」


 ローズマリーは下を向き、じっと何かを考えている。


「ローズマリー?」


 声をかけると、ローズマリーは、美しいオッドアイで私を見すえた。


「あんず、妖精の秘宝を見つけるにゃ。妖精の秘宝を見つけて、悪者の手にわたる前に、あんずの手で保護ほごしてほしいにゃ」


 どうやら私、引き寄せのジャムの力で、とんでもない記憶を引き寄せてしまったみたい。

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