第32話 ブルードラゴン
明くる日。今日は一時間目から体育で水泳の授業がある。私とヒミコちゃんは、プールバッグを手に学校へと向かった。
「おはよう、あんず。ちゃんと水着は持ってきたかしら」
「うん、ばっちり」
私は水着やタオルの入った水泳バッグをヒミコちゃんに見せた。
ホームルームが終わると、二人で女子更衣室に向かい、水着に着がえる。
「そういえばこの学校、プールってどこにあるの?」
何気なくたずねると、ヒミコちゃんは信じられない、という表情で私を見た。
「何言ってるの、プールなんか無いわよ」
えっ。
「プールが無いって、じゃあどこで水泳の授業をするの?」
「どこって、海に決まってるじゃない」
ヒミコちゃんが窓の外に目をやる。
ヒミコちゃんによると、中学校だけでなく、小学校のプールの授業も海で行われるのだという。
「大丈夫なのかな。ハーブ妖精がいるかもしれないのに」
私はヒミコちゃんの耳元でささやいた。
「ハーブ妖精がいるのは海神くんの家の近くでしょ。授業で使う浜は全くの別方向だから大丈夫よ」
ヒミコちゃんがすました顔で言う。本当かなぁ。
みんなで水着に着がえると、上にパーカーやTシャツをはおって海に出かける。
学校からすぐの所にあるビーチにつくと、カピバラ校長が海水パンツにアロハシャツという格好で待っていた。
「校長先生も水着を着るのね」
ヒミコちゃんがボソリとつぶやく。
「そうだね。スーツ以外の服、初めて見たかも」
何だか変な感じ。
「みなさんお静かに」
ザワザワしているクラスメイトたちを見て、カピバラ先生が手をたたく。
「えー、今日の水泳の授業では皆さんの実力を見ます。みなさんは順番にあそこの
見ると、
水泳の初日の授業にしてはなかなかハードだ。泳げない人はどうするのだろうか。
「みんな二十五メートル泳げるの?」
私がたずねると、ヒミコちゃんはキョトンとした顔をした。
「ええ、島の子だもの」
そっか、小さい頃から海に囲まれて育ってるから島の子供はみんな泳げるんだ。
胸がドキドキと音を立てる。
私は泳げないというわけじゃ無いんだけど、水泳教室は小三で辞めてしまったし、プールでは泳いだことがあるけど海で泳いだことはほとんど無いからドキドキしちゃう。
「ねぇ、ここの海って深い?」
おそるおそるヒミコちゃんに聞いてみる。
「いいえ。見て、あのブルーが濃くなっているところがあるでしょ。あそこは深いけど、そこ以外は私でも足がつくわ」
「そっか。じゃあ色の薄いところは浅いんだね」
「ええ。でも私は足がつくけど、あんずの身長でつくかどうかは分からないわ」
「そ、そうだね」
がっくりと肩を落とす。
うう、自分の身長が低い事がうらめしい……。
「次、新月あんずさん」
「はいっ」
カピバラ校長に呼ばれて海に入る。
その瞬間、ドクンと心臓がイヤな音を立てた。
なんだろう、すごくイヤな予感がする。この海で、泳いじゃいけないような気がする。
「新月さん?」
「は、はいっ」
だけど先生にうながさされ、思い切って泳ぎだす。
海は浅いって言うし、まぁ大丈夫でしょ。
「あんずー、上手だぞ」
バタ足で水をけっていると、タケルくんの声が聞こえる。
久しぶりのクロールは全く自信が無かったけれど、どうやらなんとか形になっているようだ。
しばらく泳いでいると、目の前に黄色い浮きが見えてきた。もうすぐおり返し地点だ。
よしっ、あとはここから戻るだけだ。
ぐんっ。
――えっ!?
戻るだけ。戻るだけなのに、体が動かない。
足を何かにつまれている気配がして、ゆっくりと足元を見ると何か
な、何!?
海の中でじっと目をこらすと、太陽の光を受けてキラキラと光る、その長いものの正体が見えてきた。
ヘビのように長い
間違いない。ハーブ帳にのってたハーブ妖精だ。
でもどうやってこんな浅いところに巨大なドラゴンが――そう思った瞬間、私は海の色がさっきまでとちがって暗く、底が見えないことに気づいた。
どうやら浮きの手前は浅瀬だけど、浮きの向こう側は一気に深くなっているらしい。
浮きの周りを回ってターンしようとして、私は水深の深いところに入ってしまったようだ。
青いドラゴンは私をその海の深く暗いところへと引きずり込もうとしてくる。
ゴボゴボゴボッ。
まずい。息が苦しくなってきた。
早く振りほどいて海面に出ないと……。
だけど、どんなに足をバタつかせても、足にからみついたドラゴンの尾は取れない。
だれか……だれか助けて!
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