第33話 青のハーブ

 だれか助けて!


 心の中で強く念じると、胸の奥から、あたたかくまばゆい光があふれ出てきた。


 何!?


 そして熱くてまぶしい光がわき出てきたかと思うと、急に足を引っ張る力が弱くなった。


 見ると、ドラゴンに何か緑のものがまき付いている。


 あれは……草? ううん、海草がまき付いているの?


 よく分からないけど、このスキに早くにげなきゃ!


 そう思った瞬間、足元がぐぐっと持ち上がった。


「わわっ!?」


 ザバザバーッ。


 気がついたら私は海の上に立って――ううん、足元の土が盛り上がり、そこにいつの間にか島ができていて、そこに私は立っていた。


 一体どうなってるの!?


『大丈夫かい?』


 えっ!?


 足元から声がする。

 そうか、この声は、ヨモギ!


 ……ってことは。


 空を見上げると、頭の上では緑色の羽をした妖精がクルクルと回っている。バジルだ。そっか、さっき私を助けてくれた海草はバジルが成長させたものだったんだ。


「キイイイーッ!」


 金属を引っかいたような音。背後に視線をやると、ドラゴンの周りを火の玉が飛び回っている。あれはベルガモット!


「ガッ!」


 と、ドラゴンの口から竜巻たつまきのような水が発射される。


「きゃあっ!」


 思わず目をつぶる。が――


「あれっ、ぬれてない」


 恐る恐る目を開けると、私の目の前には黄金の盾が立ちふさがら、水流をはね返していた。


「ナスタチウム」


 バジル、ベルガモット、ヨモギ、ナスタチウム。みんな私を助けようとしてくれるの?


 でも、料理をしてないのに、どうして?


「あんずー!」


 オッドアイの白猫がこちらへ飛んでくる。その口には、おばあちゃんのハーブ帳がくわえられていた。


「ローズマリー!!」


 私はローズマリーをだきしめた。


「あんず、大丈夫だったにゃ!?」

 

「うん、大丈夫。みんなが助けてくれたから」


 私は目の前のドラゴンを見つめた。


「ドラゴン!」


 さけぶと、ブルードラゴンがこちらを見た。

 怒っているのだろうか、よく見ると、ドラゴンのブルーの体がどんどん赤く変わっていく。


「……ドラゴンの姿が変わった?」


 その時、私の頭の中にあるひとつのハーブが思いうかんだ。


「あんず、あのハーブ妖精の正体は分かったにゃんか?」


 ひょっこりとローズマリーが顔を出す。

 私はコクリとうなずいた。


「うん、たぶんだけど」


 私はドラゴンに向かってさけんだ。


「ブルードラゴン! いえ……」


 あなたの正体は――


「ブルーマロウ!」


 ピタリとドラゴンの動きが止まる。当たりだ。ドラゴンを真っ直ぐに見つめる。


なんじの名はブルーマロウ。汝を使い魔とする!」


 声の限りさけぶと、まばゆい光に辺りが包まれた。


「きゃっ」


 そして気がつくと、目の前に小さな手のひらサイズの透明とうめいなドラゴンがちょこんとうかんでいた。


「ブルー……マロウ?」


 深みのある低い声が頭に流れ込んでくる。


『お前は、ウメコの後継者こうけいしゃか』


 すき通ったブルーの目。

 私はコクリとうなずいた。


「う、うん。あなた、私の使い魔になってくれる?」


『よかろう』


 答えると同時に、青いドラゴンはまばゆい青の光になってかき消えた。



 ***



「それで、秘宝のありかは今度こそ分かったの?」


 放課後、ヒミコちゃんとタケルくん、カノンくんがうちにやってきた。


「ううん、何だかバタバタしてて聞くよゆうがなくて」


 あの後、カピバラ校長や周りのクラスメイトたちに色々と聞かれた私。


 秘宝や精霊のことはなんとかごまかしたんだけど、そのせいでブルーマロウとはろくに会話できていないのだ。


「じゃあ、これから聞いてみようぜ」


「そうだね、さっそけブルーマロウをよび出してみてよ」


「う、うん。ブルーマロウ!」


 声を上げると、水しぶきを上げて小さなドラゴンが出てきた。


「ブルーマロウ! おばあちゃんの秘宝の場所がどこか分かる?」


 すると、ブルーマロウの声が私の頭の中にひびいてきた。


『秘宝のある場所は分からない』


「分からない?」


 そんな!


 ブルーマロウまで秘宝の場所が分からないなんて……。


『だが、秘宝のありかを知る者は知っている』


「えっ!?」


 秘宝のありかを知る者ってだれ!?


『それは、この者――最後のハーブ妖精だ』


 私の頭の中に、ぼんやりとしたオレンジ色のネズミのイメージがうかぶ。これが、最後のハーブ妖精!


「ブルーマロウ、その妖精はどこに――」


『ヒントはそれだけだ』


 だけど、私が質問しようとした瞬間に、青い妖精の姿はあとかたもなく消え去ってしまった。


「消えた……」


 私がブルーマロウのいなくなったあたりをぼんやりと見つめていると、タケルくんが声をかけてくる。


「あんず、そのハーブ妖精は何て?」


「う、うん、最後のハーブ妖精が秘宝のありかを知ってるみたい」


 私はノートにオレンジ色のネズミの姿をかいて見せた。


「なるほど、このネズミの妖精が秘宝の場所を知っているのね」


 ヒミコちゃんが妖精の絵を見つめる。


「でもネズミなんてどこにでもいるし、どうやって探したらいいんだよ」


 頭をかかえるタケルくん。


 ネズミの妖精……。私が考えこんでいると、ヒミコちゃんがゆっくりと口を開いた。


「ねぇ、このネズミ、少し変じゃないかしら」


「変?」


 ヒミコちゃんに言われ、私もイラストをじっと見つめる。


 確かに、ネズミにしては耳もしっぽも小さいし、毛もオレンジ色で、どちらかというとカピバラみたい。


「あっ」


 その時、私の頭の中にある考えがうかんだ。


 まさかね。でも……


 考えれば考えるほど、その考えが当たっているような気がしてならない。


「どうしたの、あんず」


 ヒミコちゃんが私の顔をのぞきこむ。


「うん、私、この妖精に心当たりがあるかも」


「えっ!?」


 ヒミコちゃん、カノンくん、タケルくんがいっせいに私の顔を見る。


「心当たり?」


 私はカバンをひっつかみ、立ち上がった。


「みんな、着いてきて!」


「着いてきてって」

「一体どこにだよ?」


 不思議そうな顔をする三人に、私は言い放った。


「学校だよ。校長室!」


 私たちは、急いで校長室に向かった。

 放課後だったけど、校長室には明かりがついている。カピバラ校長はまだ帰ってないみたい。


「カピバラ校長!」


 形ばかりのノックをして、勢いよく校長室を開ける。


「な、何だね、君たち……」


 カピバラ校長はあけっけにとられたように目を見開く。


「校長、率直に答えてください!」


「へ?」


「カピバラ校長先生は、おばあちゃんの使い魔だったんですか?」


 たずねると、カピバラ校長はいっしゅん息を飲んだあと、あっけらかんと答えた。



「うん。そうだよ」


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