第24話 火の精霊

 そんなわけで私は、ヒミコちゃんとローズマリーと一緒に、再び幽霊屋敷にやってきたのでした。


「うう、やっぱりブキミなお屋敷だなぁ」


 窓がガタガタとふるえる音にビクリと飛び上がると、ヒミコちゃんは冷たい視線を送った。


「何言ってるのあんず」


「そうにゃん。あの火の玉の正体が幽霊じゃなくて妖精だって分かったんだからこわくないはずにゃん」


 すました顔で言うローズマリー。


「確かにハーブ妖精ならこわくないけど、このお屋敷ってブキミだし」


「全く、あんずはこわがりだにゃん」


 バカにした口調のローズマリー。

 昨日、きもだめしなんてイヤだって言ってついてこなかったのはだれだっけ?


 昨日と同じように、裏門から草木の生いしげった庭を通り正面へとやってくる。


 カギは昨日カノンくんが開けてそのままにしてあるから入れるはずだ。


「行くわよ」


「うん」


 ゆっくりと古びたドアを開ける。


 ギィ……。


 うーん、やっぱりブキミ!


「本当に、こんなところにハーブ妖精がいるにゃんか?」


 ローズマリーが辺りをくんくんとかぎ回る。


「たぶん」


 私は辺りをキョロキョロと見回した。今のところ、例の火の玉の気配はない。


「でもあの火の玉をどうやってつかまえるかが問題なのだけどね」


「うん。その件については大丈夫。ちゃんと考えてきたから」


「何か作戦があるようね」


 いや、作戦ってほどでもないんだけどね。

 ヒミコちゃんは私の言葉に納得したのか、ずんずん奥に向かって歩いていく。


「火の玉がいたのは、確か奥の部屋だったわね」


「ま、待ってよ」


 私が必死で後を追いかけていると、急にヒミコちゃんが立ち止まった。


「きゃっ」


 私はヒミコちゃんの背中にぶつかって思いっ切りしりもちをついた。


「いたたたた」


「何やってるにゃん、あんず」


「だってヒミコちゃんが急に――」


 あわてて立ち上がると、目の前のヒミコちゃんが急に身を固くした。


「あんず」


 緊張きんちょうしたような声。見上げると、目の前に昨日の火の玉がボンヤリとうかんでいた。


 私はゴクリとツバを飲み込むと、ローズマリーをだき上げた。


「ローズマリー、ハーブ妖精にまちがいない?」


「そうにゃん」


「そう」


 やっぱりそうなんだ。


 私はせおってきたリュックからあるものを取り出した。

 ヒミコちゃんが私の手元をのぞきこむ。


「それは?」


「手作りのスコーンだよ」


 ワイルドストロベリーのジャムが入った手作りスコーンは、おばあちゃんが昔よく作っていたものだという。


 もしあの火の玉がハーブ妖精なら、なつかしい匂いにひかれてやって来てくれるはず。


 私は紙のお皿にスコーンを一つ置くと、少し離れて火の玉の様子をうかがった。


「ほら、スコーンだよ」


 勇気をふりしぼってスコーンを前に出す。

 火の玉はしばらくの間ユラユラとゆれているだけだったけど、ダメかと思ったその瞬間、不意に火の勢いが弱まった。


「――見て!」


 火の玉がゆらゆらとゆれ、どんどん人の形になっていく。


 逆だった赤い髪に、赤い肌。炎をまとった妖精が、スコーンの方に近づいていく。


「あれがハーブ妖精」


 ヒミコちゃんの瞳の中で、赤い炎がゆらめく。


 私たちが息を飲んで見守っていると、赤い妖精はスコーンに手をのばし、勢いよく食べ始めた。


「やった!」


 私は妖精の前に、残りのスコーンをかざした。


「ほら、これが欲しかったらこっちに来て」


 赤い妖精がこちらを見る。


 その瞬間、炎はごぉっと音を立て、人間ほどの大きさとなって私を包んだ。


「あんず!」


 ヒミコちゃんがあわてたような声を出す。だけど私をつつんだ炎はフシギとちっとも熱くなかった。


 その代わり流れ込んできたのは、燃えるように熱い記憶。


『そう、これが私の夢よ。私とみんなの夢で、大事な宝物。そうね、名前は――』


 興奮気味におばあちゃんが語る声がする。

 もしかしてこれは、このハーブ妖精の記憶?


 だけど、これではっきりした。


「あなたの正体がわかったよ」


 燃え盛るたいまつのような形をした赤い花を咲かせることから、別名タイマツバナとも呼ばれているハースがある。花言葉は「感受性豊か」「燃える思い」「身をこがす恋」。


 そのハーブは――


「ベルガモット」


 私がハーブ妖精の正体を口にすると、赤い炎のゆらめきがピタリと止まる。


「あなたは、ベルガモットのハーブ妖精だね!」


 胸が熱い。赤々と燃える炎の中、私はベルガモットに語りかけた。


「大丈夫。大丈夫だよ。おばあちゃんの夢は私がかなえる。だから――」


 私は必死で語りかけたけど、炎はますます強くなる。


 ダメか。そう思った瞬間、ベルガモットはゆっくりと私に近づき――そっとこうべを垂れた。


「そう。よろしくね」


 私も小さく頭を下げた。


 こうして、ベルガモットは私の使い魔になったのだった。



 ***



「それで、今度こそ秘宝のゆくえは分かったの?」


 翌朝、ヒミコちゃんが教室に着くなり開口一番に聞いてくる。


「それが、まだ分からなくて」


 そうバジルとナスタチウムに続き、ベルガモットもまた、おばあちゃんの秘宝のありかは知らなかったのだ。


「そう」


 あからさまにがっかりした顔をするヒミコちゃん。


「でも少しだけ、秘宝に関する記憶は見えたんだ」


  “ これが私の夢よ。私とみんなの夢で大事な宝物。そうね、名前は――秘宝。妖精の秘宝よ”


 おばあちゃんとみんなの夢で大事な宝物。一体どんな宝物なんだろう。


「でもこれで使い魔は残り三匹ね」


「残り三匹」


 口の中で転がすようにつぶやく。

 三匹のうちのだれかが、妖精の秘宝の場所を知っているのだろうか?


「ねぇ、ヒミコちゃん」


「何?」


 私はふと気になって聞いてみた。


「ヒミコちゃんはさ、なんで私のハーブ妖精集めを手伝っくれるの? なにかメリットがあるの? 妖精の秘宝がほしいから?」


 するとヒミコちゃんはキョトンとした顔をした。


「別に、大した理由なんてないわよ。ただ、なんとなくそうしたいだけ」


「なんとなく?」


 私がヒミコちゃんを見つめていると、ヒミコちゃんはぷいっと視線をそらした。


「……友達だからよ。それに、あんずと一緒にハーブ妖精を探すのは楽しいし」


「そっか」


 そうだよね、友達だから。一緒にいて楽しいから。


 一緒にいる理由って、それだけで十分だよね。メリットだとかデメリットだとか、そんなこと考える必要なんてないよね。


「よう、おはよう」


 タケルくんが席につく。私は一瞬息を飲んだ。


「お、おはよう」


 そして素直にあいさつを返す。そうだ、次の席がえまではとなりの席なんだし、ギスギスしたって私が苦しいだけだ。ウワサを気にしたってしかたがないよね。


「……良かった、機嫌きげん、直ったみたいだな」


 タケルくんがホッとした顔をする。タケルくんにも、心配かけちゃったかな。


「うん、ごめんね」


 そして私たちはいつものようにおしゃべりをした。


 周りの人がどう思うかなんて関係ない。一緒にいて楽しいからおしゃべりする。それだけで十分。


 ヒミコちゃんの考え方はすてきで、でもすぐ周りのことを気にしちゃう私にはそうするのは無理だと思ってた。


 でもやってみたら、思ったよりずっと簡単で心が楽になった。


 私も少し、強くなれたのかな。


 それとも、ハーブのフシギな力のおかげかな?


 

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