第23話 なぞの火の玉

「おい、階段だぞ」


 タケルくんがふり向く。


 ハッとわれに返り、ライトで前を照らすと、ごうかなシャンデリアと広いエントランス、そして大きならせん階段が見えた。


「ごうかな家ね」


 ヒミコちゃんが声をもらす。

 確かに、中はホコリだらけでクモの巣も張っているけれど、意外とキレイ。少し掃除すると普通に住めそうな感じ。


「でもブキミだね」


 私が言うと、タケルくんが笑う。

 

「ふん、あんずは怖がりだな」


 タケルくんにバカにされ、少しムッとなる。


「でも本当に幽霊が出てきたらどうするの。私たちをおそってきたり、取りつかれたりしたら」


「大丈夫、もし火の玉が出てきたとしても、これで何とかするからさ」


 タケルくんがカバンから取り出したのは、ピストルみたいな形をした青い大きな水鉄砲みずでっぽうだ。


「み、水鉄砲」


 そんな物で、本当に火の玉に勝てるの!?


 自信満々に水鉄砲をかまえ「シャキーン」だとか「ドババババ」とか言ってるタケルくんを見ているうちに、私はなんだかバカバカしくなってきた。


 な、なんでこんなお子様と私がウワサを立てられてるんだろう。


 水鉄砲で喜ぶなんて、幼稚園児ようちえんじじゃないんだからさ。


 なんだか、こんなやつのために私が悩むなんてバカらしくなってきちゃった。もうウワサのことを考えるのはやめよう。


 私はウワサのことを考えないように頭の中から追いはらい、火の玉のことに意識を集中した。


 火の玉、火の玉。一体どこにいるんだろう。


 そんなことを考えながら暗いろうかを奥へと進む。


「火の玉が見えたっていうのはこの辺りかな」


 カノンくんがピタリと足を止める。カノンくんもうなずく。


「そうだな。東側の窓って言ってたから」


 ――パラパラパラパラ。


 すると、屋根を雨つぶがたたく音がひびいてきた。


「やだ、雨?」


 いつの間にか外はどしゃぶりになっていて、大粒の雨が窓ガラスにぶつかる。


 やだなと思っていると、急に窓がピカリと光り、ゴロゴロと雷の音がひびいた。


「あら」

「きゃあっ!」

「うわっ!」

「わっ」


 四人同時に声を上げる。


「ね、ねぇ、もう帰ろうよ」


 私がヒミコちゃんのうでを引っ張ると、ヒミコちゃんは顔をひきつらせてふり返った。


「ねぇ、あれ――」


 ヒミコちゃんが指さすその先には、赤々と燃える火の玉が空中にぼんやりと浮かび上がっていた。


「火の玉だ」


「じゃああれが、例の幽霊?」


 私たちがあわてていると、火の玉はどんどんこちらに近づいてくる。警告けいこくするように、メラメラと燃える炎。


「ねぇ、どうするの?」


「まさか本当に火の玉がいるだなんて」


 あっけに取られていると、ヒミコちゃんがタケルくんをチラリと見た。


「海神くん、あなた、その水鉄砲で追いはらってくれるんじゃなかったの」


「えっ? あ、いや、そうだけど」


「じゃあ、とっとと退治してちょうだい」


 ヒミコちゃんに言われ、タケルくんはしぶしぶ水鉄砲を取り出した。


「行っけぇ」


 ぴゅっ、ぴゅっ、ぴゅっ。


 だけど、水の勢いが弱すぎて、火の玉にはぜんぜん効いていない。


「まるで効果なしね」


「ヒ、ヒミコちゃん」


 ヒミコちゃんのそでをあわて引っ張る。

 火の玉は、ますます火の勢いを増し、倍くらいの大きさになった。


「な、なんかヤバくない?」


「そうね」


 ボッ!


 あとずさりする私たち。そこへ小さな火の玉が飛んできた。


「きゃあ」

「わあっ」


 炎が足元に落ちたけど、私はすれすれの所でジャンプしてなんとかそれをよけた。


「また来たぞ」


 今度はカノンくんやタケルくん目掛けて火の玉が飛んできた。

 二人は軽い身のこなしでそれをさけたけど、今度はさらに多くの火の玉がこちらに飛んできた。


「どうするんだよ」


「このままだとお屋敷が火事になっちゃうよぉ」


 私とタケルくんがパニックになっていると、カノンくんが真剣な表情になった。


「うーん、これはダメっぽいね。こうなったら――」


「こうなったら!?」


「にげよう」


 なぜかうれしそうなカノンくん。


「ええっ」


「そうね、にげましょう」


 ヒミコちゃんが私の手をつかむ。

 それと同時に、火の玉がブルリとふるえて大きくなった。


「おいおい」

「あはは、いよいよヤバそうだ」


 カノンくんとタケルくんも私たちの後を追って走り出す。

 ほどなくして、今までで一番大きな火の玉が発射された。


「うわあああ!!」

「きゃああああ!!」


 私たちは、ダッシュで屋敷をぬけ出したのだった。


 ***


「はああ、昨日は大変だったなぁ」


 もう二度とあんなこわいところには行きたくない。


 私が教室の窓辺でため息をついていると、ヒミコちゃんがやってきた。


「おはよう、あんず」


「あっ、おはよう、ヒミコちゃん」


 サラサラの黒髪をなびかせるヒミコちゃん。


 ヒミコちゃんは今日もキレイだな、なんて思いながら、その色白の横顔を見つめていると、ヒミコちゃんは顔を少ししかめた。


「ねぇあんず、私、あの後少し考えたのだけれど、あの火の玉の正体のこと」


「火の玉の正体?」


 正体って、幽霊じゃないの? あの幽霊屋敷に住んでたっていうおばあさんの――。


「ええ、思うに、あれはハーブ妖精じゃないかしら」


「ええっ」


 まさか、あの火の玉がハーブ妖精!?


「そ、そうかな」


「きっとそうよ。なんとなく、あのバジルのハーブ妖精と似たような気配がしたもの」


 そう言われれば、そうかもしれない。こわいものは苦手な私だけど、あの火の玉にはそんなにこわさを感じなかったし。


 ヒミコちゃんは、意思の強い目で私を見つめた。


「あんず、あの火の玉をつかまえるわよ」


「うん」


 私は小さくうなずいた。

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