第26話 グラウンドの謎

 窓の外を見ると、しとしとと雨がふり出す。私はガッツポーズ天につき上げた。


「よし、今日は雨だっ」


 きっと願いが通じたんだ。

 飛び上がる私を、ローズマリーがフシギそうな顔で見つめた。


「でも運動会は明後日にゃん。今日雨がふっても意味がないにゃん」


「それはそうだけど、今日は体育祭の予行演習があるからめんどくさいと思ってたんだ。だから雨がふってラッキーなの」


 それに天気予報では今日は晴れと言っていたのに、雨がふったということは、この逆さてるてる坊主には効果があるってことじゃない?


「うーん、今日は最高の気分だなぁ」


 私はうかれ気分で学校へと向かった。


「おはよう、あんず」


 校門のところでヒミコちゃんに会う。


「おはよう、ヒミコちゃん」


「雨の日だと言うのに朝から元気がいいのね」


 前髪をしきりにいじりながらヒミコちゃんがため息をつく。


「うん。だって体育祭の予行演習が中止になるし」


「確かに予行演習はめんどうだけど、湿気しっけで髪の毛が広がっちゃうからイヤだわ」


 ゆううつそうな顔をするヒミコちゃん。


 別に広がってなんかいないし、黒くてツヤツヤしてて、キレイなストレートヘアーなんだけどな。


 そう思っていると、急にヒミコちゃんが立ち止まって変な顔をした。


「どうしたの?」


「今グラウンドに――」


 言いかけてヒミコちゃんは口をつぐんだ。


「グラウンドがどうしたの」


「いえ、私の気のせいかもしれないわ」


「何? 気になるじゃん」


「本当に大したことじゃないの。でも」


 ヒミコちゃんは遠くを見つめる。


「今なにか、みょうな気配がしたような」


 みょうな気配?


 私はグラウンドをじっと見つめた。でも、雨でぬかるんではいるけど、いつものグラウンドにしか見えない。


「私には、いつものグラウンドに見えるけど」


「なら私の気のせいかもしれないわ」


 ヒミコちゃんはいつもの様子にもどると、スタスタと教室に向かって歩き始めた。


「あっ、待ってよーっ」


 ヒミコちゃんの様子は気になったけど、私は送れまいとヒミコちゃんの後について教室へと走った。


「おはよう」


 教室につき、となりの席でお話をしているタケルくんとカノンくんにあいさつする。


「おう、おはよう」

「おはよう。あんずちゃん」


 二人とも、何を話してるんだろう。


「ちょうどよかった。今日さ、何かグラウンドが変じゃない?」


 カノンくんが小声で聞いてくる。


「グラウンド? そういえば、ヒミコちゃんもそんなことを言ってたような」


 チラリと窓の外に目をやると、グラウンドの土がユラリと波打ったような気がした。


「えっ」


 思わず二度見する。だけどグラウンドはいつもと変わらない。


 気のせいかな?


 だけど、それは気のせいではなかったのだ。


「何あれ」

「グラウンドが!」


 授業が始まり少しすると、急にクラスがざわめきだしたのだ。


「何? どうしたの」


 あわてて窓の外に目をやると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 生徒たちの見守る中、小雨の降るグラウンドの土が大きな音を立ててもり上がる。

 そして小山のようにそそり立った土は高さを増し、やがてうねうねと動く大きな山となったのだ。


「な、何あれ?」


 クラスメイトたちが窓辺に集まる。

 私も背のびをして窓の外を見ると、土はどんどん盛り上がり、またたく間にグラウンドに濃い緑色をした小山ができあがった。


「どうなってるの!?」


 ピンポンパンポーン。


 この非常事態に、すぐさま校内放送が入る。


「えー、校長の柏原かしわばらです。ただ今グラウンドに異常が発生しているため、先生方で調査をしています」


 ワッと教室内がざわめく。


「生徒の皆さんは落ち着いて自習をするように。くれぐれも校舎の外には出ないようにしましょう」


「カピバラ校長……」


 校内放送を受け、教室内は少し落ち着きを取り戻す。


「やった、自習だ」

「何する?」


 私はチラリと窓の外を見た。先生たちが何人もグラウンドに向かっている。


「あれ、なんだろうな。もしかして地盤沈下じばんちんかってやつかな」


 タケルくんがとなりでボソリと言う。


「さ、さあ」


 私は苦笑いをした。


「ひょっとしたら液状化現象えきじょうかげんしょうってやつかもな。この間ニュースで見た」


 地盤沈下じばんちんか? 液状化えきじょうか


 ううん、ちがう。あれは――


 窓の外では、校長先生が山のドロをすくおうとスコップをふり上げている。


 私はそれをじっと見つめた。


 ぶるんっ。


 だけどスコップがグラウンドの小山にささった瞬間、山はふるえ、緑の光が辺りをつつんだ。


 ――えっ!?


 見ると、小山に入ったヒビはみるみるうちにふさがってゆき、元の姿に戻ってしまった。


「キズが治った?」


 ぶるんっ。


 すると今度は、小山は風船のようにふくれ上がっていく。


「グラウンドの土が、大きく……」


「何なんだろう、あの土の山。まるで生きてるみたいだ」


 いつの間にかとなりに来ていたカノンくんがポツリとつぶやく。


「まさか」


 私はあわてて廊下に飛び出すと、ローズマリーを呼び出した。


「ローズマリー」


「何にゃ」


 影の中からオッドアイの白ネコが現れる。


「あれってもしかして、ハーブ妖精じゃない?」


 ローズマリーは鼻をひくりとさせると、廊下の窓から外を見た。


「まさしくそうにゃん。あれはハーブ妖精にゃん。あんず、どうしてわかったにゃんか?」


「なんとなく、バジルやベルガモットと似たような気配がしたから」


「なるほど、あんずもだんだんハーブ使いとしてののカンがするどくなってきてるにゃんね」


「そ、そうかな」


 でも精霊と分かったのはいいけど、どうやってあの土の山をつかまえたら良いんだろう。というか、そもそもあれは何の妖精なの?


「あんず」


 ヒミコちゃんがこちらへ走ってくる。


「あれってまさか」


「うん。あれもおばあちゃんの使い魔みたい」


 ヒミコちゃんの顔がけわしくなる。


「やっぱり。これ以上学校に被害が及ぶ前に早くつかまえないと」


「うん。でもどうやって」


「例のハーブ帳に何かヒントがあるんじゃないの」


 ヒミコちゃんに言われ、カバンからハーブ帳を取り出す。


 あのハーブ妖精の正体はこの中のハーブのうちのどれかに違いない!


 

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