第27話 家庭科室のハーブ

 あれはきっと、ハーブ帳にのっているハーブ妖精の中のどれかだ。


 だけど――


「どうしよう、全然分からない」


 試しにハーブ帳をペラペラとめくってみるけれど、あわてているせいか、どのハーブなのか全く分からない。


 額を汗がすべり落ちる。


「大丈夫よ、あんず」


 パニックになる私の背中をヒミコちゃんがたたいた。


「そうだわ、家庭科室に行ってみましょう。あそこならハーブがたくさんあるし、行けば何かいいアイディアがうかぶかも」


「そうにゃん、行ってみるにゃん!」


 私とヒミコちゃんは、家庭科室へと行ってみることにした。


 先生たちはみんなグラウンドに出ていて止める人はいない。


 家庭科室に着くと、カギはかかっておらず、簡単に中に入ることができた。


 ガスレンジにフライパンにナベ、オーブン、料理に必要な道具は一通りそろっている。


 かべの戸だなにも、塩、砂糖、小麦粉などが見えた。


 それだけじゃない、ヒミコちゃんの言った通り、ビンにつめられたハーブもズラリと並んでいる。さすがはハーブの島の学校。町の小学校と全然ちがう。


「あんず、できそう?」


「う、うん」


 あとはあの妖精が何のハーブなのか。どんな料理を作るか。


 私は大きく息をすってハーブ帳を開いた。


 だけど――。


「分からない」


 あのハーブ妖精が何の妖精なのか、やっぱり全く見当がつかない。


「どうしよう、全然分からないよ」


「あんず、落ち着いて」


「そうにゃん。あんずはウメコ後継者こうけいしゃにゃん。落ち着けば何か分かるはずにゃん」


 ローズマリーがはげましてくれるけど、分からないものは分からないよ。


「そんなこと言ったって、バジルの時もベルガモットの時も、たまたまハーブ帳から見つけられただけだし」


「たまたまじゃないわ」


 泣きごとを言う私に、ヒミコちゃんは強い口調で言い聞かせた。


「たまたまじゃない。あんずには、おばあさんゆずりの力があるのよ。だからおばあさんのハーブ帳からハーブ妖精の正体を見つけられたの」


「そうにゃん、あんず。自分を信じるにゃん」


「う、うん」


 二人の期待にはこたえたいけど――。


 ゴクリとツバを飲み込み、戸だなに並んだハーブたちを見つめる。


 ミント、セージ、バジル、ラベンダー。有名なハーブたちがビンにつめられ並んでいる。この中にあのハーブ妖精に関係のあるハーブがあると良いんだけど。


 私はハーブを右から左へと見つめ、また左から右へと見つめた。


 草、草、草。ダメだ。ピンとくるハーブは無い。


「ダメ。この中でピンとくるものは無いみたい」


「この中に無い? それじゃ――」


 ドーン!!


「えっ、何!?」


 不意に窓の外から大きな音がして顔を上げる。


 見ると、柳先生がグラウンドの上でたおれている。全身の血の気がサッと引いた。


「先生!」


 だけどすぐに立ち上がったところを見るとケガはなさそう。


「どうやら、足元の土が盛り上がってバランスをくずしたみたいね」


「そっかあ。良かった」


 ホッと胸をなで下ろす。


 でも、早く何とかしないと、本当にケガ人がでちゃう!


 ――と、校舎のすみに、雨つぶをはじいてキラリと光る緑の草が目に入った。


「ん? あの草――あれってハーブかな?」


 思わず口に出す。どこにでも生えてるような雑草なのに、みょうにその草が気になったのだ。


「あの草って、ヨモギのこと?」


 ヒミコちゃんがこんわくした顔をする。


「ヨモギ……」


 その時、小さいころの出来事が頭の中にうかんできた。


「痛いよー!」


 道路で転んでヒザをすりむいてしまった私に、お母さんは近くに生えていた草をつんでもみほぐし、キズにおし当てててこう言ったのだ。


「大丈夫。キズにこれが一番よ。すぐに血が止まるし、下手なキズ薬よりきくんだから」


「ウソだ、こんな雑草が?」


「本当だよ。お母さん――あんずのおばあちゃんがそう言ってたんだから」


 ヨモギ。そうだ、あの時、キズにぬった草はたしかヨモギだったんだ。


 私はあの妖精のキズがあっという間にふさがったことを思い出した。


 そっか。あの妖精は、ヨモギのハーブ妖精だ。そうに違いない!


「私、あのヨモギを採ってくる!」


 さけぶと、ヒミコちゃんは大きく目を見開いた。


「本気? 確かに料理に使える草だけど、ハーブと言うよりは雑草じゃない」


「ううん、確かおばあちゃんのハーブ帳にのってたはず」


 私はハーブ帳をめくった。


「あった。ほら」


 ハーブ帳の真ん中らへんに、確かに「ヨモギ」のページがある。


「よしっ、あんず、正体は分かったし、さっそくあの妖精を捕まえるにゃん!」

 

「うん! でもあんなに大きいのをどうやって」


 私はグラウンドの中央にできた大きな山に目をやった。


 グラウンドはまるで海みたいに波打っていて、今のままだと妖精をつかまえるどころか近づくことすらできない。


「でも危ないよ。先生たちですら全然近づけないのに」


 窓の外では、先生たちが必死でハーブ妖精に近づこうとしているけど、ドロにじゃまされて全く近づけないでいる。


「何とか、あのハーブ妖精のほうからこちらに来てもらえないかな」


「ハーブ妖精のほうから」


 ヒミコちゃんがあごに手を当て考える。


「そうだわ。あなた、バジルをつかまえる時もベルガモットをつかまえる時も、手作りのお菓子を使ってたじゃない。今回もそうすればいいのよ」


 手作りの料理で?


 手作りの料理で妖精をおびき寄せる?


 確かにここは家庭科室で、おナベでもフライパンでも何でもあるけど――


「う、うん。そうしてみる」

 

 手間がかかりそうだし、材料もあるかどうか。でも、やってみるしかない!

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