第28話 緑色のレシピ

 私はハーブのずらりと並んだ戸だなへかけよった。


「確か小麦粉とか砂糖はここにあるんだよね」


「ええ、ここのたなに――あっ」


 ヒミコちゃんが声を上げる。

 

「どうしたの」


「カギがかかってるわ」


 ヒミコちゃんが戸だなをガタガタゆらす。


「そうだわ、職員室にカギがあるかも」


 戸だなの横には「管理者 柏原かしわばら」と書かれている。柏原って――カピバラ校長のことだよね。


「ヒミコちゃん、この戸だな、校長先生が管理してるみたい。だから校長室にカギがあるかも」


「ええ。取ってくるわね」


 ヒミコちゃんがカギを取りに走る。


 その間に、私は窓の外に生えているヨモギをつむと、その青々とした葉を見ながらレシピを考え始めた。


「あった。卵に牛乳、それにバター」


 教室のすみにあった冷蔵庫を開けると、料理に使えそうな材料を見つける。


「あとは……」


 流しの下を探すと、ナベやフライパン、包丁、それにサラダ油や重曹じゅうそうを見つける。


 私がつんだヨモギを重曹を入れた水でゆで、包丁できざんでいると、ヒミコちゃん戻ってきた。


「ヒミコちゃん、カギは――」


 ヒミコちゃんは首を横にふる。


「そんな」


「でも代わりにを連れてきたわ」


 彼?


 私が戸惑っていると、少ししてカノンくんがドアからひょっこりと顔を出した。


「やぁ、こんにちは。開けてほしいカギがあるんだって?」


 カノンくん!?


「一体何なんだ? 聖さんったら、何も言わず、ただカギを開けて欲しいってスタスタ走っていくから」


 なぜかその後ろからタケルくんまで家庭科室へと飛び込んでくる。


 何でタケルくんまで!?


「あなたは呼んでないわ、海神タケル」


 しぶい顔をするヒミコちゃん。


「まぁまぁ、味方はたくさんいたほうがいいじゃないか」


 カノンくんがニコリと笑う。


「それより開けてほしいっていうカギはどれかな」


「これなんだけど」


 私が戸だなを指さすと、カノンくんは幽霊屋敷の時と同じように、ヘアピンをガチャガチャとカギ穴に差し込み、またたく間にカギを開けてしまった。


「ありがとう、カノンくん!」


 私は中に入っている材料を一つ一つ手に取った。


「砂糖、塩、小麦粉、片栗粉、パン粉、ホットケーキミックスもある」


「ホットケーキミックス……」


「ホットケーキでも焼くの?」


 ヒミコちゃんの問いに、私は首を横にふった。


「ううん。型を見つけたから、カップケーキを焼こうと思って」


「カップケーキ?」


「うん。うちのお母さん、料理が苦手であんまりお菓子は作ってくれなかったんだけど、ホットケーキミックスのカップケーキは作ってくれたんだ」


 記憶を頼りにホットケーキミックスに卵と牛乳、砂糖、それにペースト状にしたヨモギを混ぜレンジでチンをする。


 ものの五分で、五つのカップケーキが出来上がった。


「できた」


「それで、そのカップケーキをどうするんだ。だれかにあげるのか?」


 タケルくんがフシギそうな顔をする。


「それは、えっと、その」


 私は窓の外を見た。グラウンドでは、先生たちがなおも盛り上がる土と戦っている。


「そうだ。タケルくん、野球部だったよね?」


「うん、それが?」


 フシギそうな顔をするタケルくんのうでを、私は強引に引っ張った。


「ちょうどいいや、着いてきて」


「あ、おい」


 タケルくんと二人でグラウンドへと走る。


 こんな所見られたら、また変なウワサを立てられるかな?


 ――いや、今はそんなことよりハーブ妖精だ!


 グラウンドは、さっきよりも激しくボコボコと波うっている。


「さっきより激しい。攻撃されて怒ってるんだ」


 と、土のかたまりがカピバラ校長に向かって飛んでいく。


「危ない!」


 カピバラ校長はそれをギリギリの所でさけたけど、顔には疲労の色がうかんでいる。


 早く何とかしないと。


「タケルくん、あの緑の土に向かってこのカップケーキを投げて」


 タケルくんがギョッと目を見開く。


「ええ? 何でまた」


「いいから早く!」


 私が急かすと、タケルくんはカップケーキを手に取った。


「よく分かんねーけど、投げればいいんだな!」


 タケルくんは大きくうでをふりかぶる。


「どりゃああああああ!!」


 キレイな放物線ほうぶつせんをえがいて飛んでいくカップケーキ。


 だけど――


「ダメだ、とどかない!」


 少しだけ距離が足りない。ダメか。

 あきらめかけたその時、緑の山に横一線に大きくヒビが入った。


 ピキッ。


 そして土の山に入ったヒビは見る見るうちに口の形になり、大きな赤い舌がベロンとのびた。


「ええっ!?」


「何だありゃ!」


 パクッ。


 大きな舌がカメレオンのようにカップケーキをとらえ、口のようにあいたヒビに放りこむ。


「カップケーキが!」


 あぜんとしながら見つめていると、土の山から緑色の小さなおじいさんが出てきた。


 あれがヨモギのハーブ妖精!?


 おどろく私の頭の中に、くすんだ緑色の記憶が流れこんできた。



 記憶の中にいたのは、長いしっぽを持つ青い生き物。長い胴体どうたいに、長いヒゲ。魚? ウミヘビ? ううん違う。あれは――ドラゴン?


 青いドラゴンの口が開く。


『妖精の秘宝のありかは――』




「あんず!」


 ローズマリーの声でハッとわれに返る。


「あんず、あいつを使い魔にするにゃん!」


「う、うん!」


 私は目の前の緑色の妖精を見つめた。


「あなたの正体はヨモギ。ヨモギのハーブ妖精ね!」


 妖精の動きが止まる。返事は無いけど、分かる。当たりだ。よし、今のスキに。


なんじを使い魔とする――ヨモギ!」


 さけぶと、グラウンドを目もくらむような緑の光がつつんだ。


「きゃっ」

「うわっ!」


 はげしい光に思わず目を閉じる。

 そして再び目を開けると、グラウンドにあった土の山はキレイさっぱり消え去っていた。


「消えた」


 あわててハーブ帳を取りだす。

 ヨモギのページには、赤く「済」と書かれている。


「はあ」


 私はペタリとその場にへたりこんだ。


 相変わらず実感は無いけど、どうやらヨモギのハーブ妖精も無事使い魔にできたみたい。


 それにしても――さっきの記憶、あのドラゴンはいったい!?

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