第14話 夜の学校へ

「ただいま」


 家に帰るなり、カバンを部屋に放り投げて台所に向かう。


「アケミおばさん、冷蔵庫のパイ生地、解凍してくれた?」


「うん、バッチリだよ」


「良かったぁ」


 ホッと胸をなで下ろす。


 私の考えた作戦はこうだ。


 妖精の好物はラズベリーやクランベリーなどのベリー類。それなら、ワイルドストロベリーのパイでよび出すこともできるかもしれない。


 幸い、この間アップルパイを作った時の生地もまだ冷凍してあるし、ジャムもたくさん余ってる。


 でもパイ生地を室温で解凍するには少し時間がかかる。だから家に電話して、あらかじめアケミおばさんに生地を冷凍庫から出してもらっておいたというわけ。


「夕ご飯を食べたらすぐにパイを焼きたいんだけどいい?」


「うん、それはいいんだけど」


 アケミおばさんがフシギそうな顔をする。


「でもそれ、今日じゃないとダメなの?」


「えっと、それは――ヒミコちゃんが明日、どうしても食べたいって言ってたから!」


 とっさに言いわけをする。


「ヒミコちゃんが?」


「うん。この間食べたアップルパイが気に入っちゃったみたいで、今度別のパイを焼くって約束しちゃったんだ」


「ふうん。あの子、意外と甘いものが好きなんだ」


「そ、そうなのー」


 し、しまった。ついヒミコちゃんを食いしん坊キャラにしてしまった。ウソだってバレちゃうかな。


 アケミおばさんの顔ををチラリと見ると、アケミおばさんは、フフ、と小さく笑った。


「ずいぶんヒミコちゃんと仲良くなったのね。お友達ができて、おばさんもうれしい」


「うん、私も仲良くなれて良かった」


 これはウソじゃなくて本当。


 おばさんが台所を出ていく。姿が見えなくなったのを確認して、私はおばあちゃんのハーブ帳を開いた。


「確かここに、ストロベリーのパイの作り方が書いてあったはず」


 ワイルドストロベリーのページ、ジャムのレシピの下にピッタリのレシピが書いてある。


「よし、生地はもう出来てるから、あとは具を入れて焼くだけだね。――でも、このままだと大きいかな」


 私は半解凍したパイ生地を丸い型とドーナツの形の型で型ぬきした。


「よし、っと」


 クッキングシートをしいた天板に、丸くくりぬいた生地を並べると、フォークで穴を空け、とき卵をぬる。


 そこへドーナツ型の生地をのせて、最後に真ん中に空いた穴に、ワイルドストロベリージャムをのせる。


 あとは200℃に予熱したオーブンで十分焼けば、持ち運びに便利な、ワイルドストロベリーのひとくちジャムパイのでき上がり!


 私はできあがったパイを手に、こっそりと家をぬけ出し、ヒミコちゃんの待つ夜の学校へと向かった。


 ***


「よっと」


 月明かりの下、私とヒミコちゃん、ローズマリーは中学校のグラウンドにしのびこんだ。


「ねぇヒミコちゃん、大丈夫? 勝手に学校にしのびこんだりして」


 私はヒミコちゃんの制服のそでをちょこんと引っ張った。


「誰も見てないし大丈夫よ。それに妖精は昼より夜の方が現れる確率が高いの」


「そ、そう」


 りくつは分かるけど、夜の学校ってなんだか不気味だなあ。オバケが出たらどうしよう!


 あの木の影なんか、気のせいか幽霊ゆうれいのように見えなくもないような……。


「あんず」


「ひゃあっ!」


 急に声をかけられてビクリとする。


「何やってるの、早く行くわよ」


「う、うん」


 そんなわけで私たちは、二人と一匹でグラウンドの横にある畑へと急いだのでした。


 畑にはのびきったくきや葉を切りそろえたばかりの苗が、月の光を浴び、かがやいている。


「ところで例のものは持って来たの?」


「うん、ばっちり」


 私はカバンの中からひとくちジャムパイを取り出した。


「じゃーん」


「あら、美味しそうね」


「この間ジャムを作ったんだけど、作りすぎちゃって。それでタルトの材料にしてみたんだ」


「妖精はベリー類が好物だし、いけるかもしれないわね」


 効果があるかどうかは全く自信がないんだけどね。


 ヒミコちゃんがじっとパイを見つめる。

 もしかして、ヒミコちゃんもパイを食べたいのかな。


「食べてもいいよ。たくさんあるから」


 私はカバンからさらにパイを取り出した。


「そう。たくさんあるのなら、余ってしまうかもしれないし、そうなると持ち帰るのも大変でしょうから食べましょうか」


 すました顔でワイルドストロベリーのパイをほおばるヒミコちゃん。いつもは大人っぽいけど、甘いものを食べている時だけは年相応の女の子に見える。


「一口で食べやすくておいしいわ」


「本当? 良かった」


 二人で畑を見張りながらパイをほおばる。

 夜の学校に忍び込んでパイを食べるなんておかしいけど、これはこれで結構楽しいかもしれない。 夜のピクニックって感じ。


「うん、すっぱさと甘さがちょうど良くて美味しいわ」


「良かった、口に合ったみたいで」


「あんずの料理はいつも美味しいわよ」


「ありがとう。あ、そうそう、ワイルドストロベリーってね、美味しいだけじゃなくて体にも良いんだよ。ビタミンCも沢山入ってるし」


「そうなの」


 私たちがワイルドストロベリーの効能について話していると、不意に畑の方からガサリと音がした。


 ローズマリーが顔を上げ、鼻をヒクヒクさせる。風がザザリと木々をゆらした。


「しっ、静かに」


 ヒミコちゃんの顔つきがけわしくなる。

 おそるおそる畑の方を見ると、小さな緑色の光がヒュンと動いた。


「来たわ」


「うん」


 私は小さい光をじっと見つめた。

 光はやがて人の形となり、緑の大きな羽と長い髪の毛が見えた。


 間違いない。


 あの時の――若葉祭りで会った妖精だ。


 ゴクリとつばを飲み込む。


「ハーブ妖精の気配がするにゃん」


 となりでローズマリーがささやく。やっぱり、あれがおばあちゃんのハーブ妖精なんだ。

 

 私たちが校舎の影からこっそりと畑を見守っていると、妖精は私が焼いたパイをに手をのばし、おずおずと口をつけた。


「食べた」


 妖精はパイが気に入ったようで、ムシャムシャとタルトにかぶりつく。どうやら作戦は成功みたい。でも――


「妖精は無事おびき寄せたけど、これからどうしたらいいの」


 たずねると、ローズマリーはフンと鼻を鳴らした。


「ハーブ妖精は正体を見やぶらられると力を失うにゃん。そのスキに何とかしてつかまえて、妖精の秘宝の場所を聞き出すにゃん」


 何とかしてって……どうやって!?

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