第15話 妖精の正体

「何とかしてつかまえるって。それに正体なんて全く想像がつかないよ」


 私が困っていると、ヒミコちゃんがおふだを手に立ち上がった。


「ヒ、ヒミコちゃん!?」


 止めようとした私の手をふり払い、ヒミコちゃんは走り出す。


「よく分からないけど、あいつをつかまえればいいのね」


「キキッ!?」


 妖精はとつぜん現れたヒミコちゃんの姿を見て顔色を変えた。


「畑を荒らすいたずら妖精よ、かくご!」


 ヒミコちゃんが五枚のお札を投げる。お札はキラキラと赤く光り、妖精の周りを取り囲んだ。


「キキッ」


 妖精が声を上げる。


「よし、このままイタズラ妖精をつかまえてやるわよ」


「キキーッ!」


 苦しそうな声を上げもがき苦しむ緑の妖精。それを見ていると何だか胸がいたんだ。


 いや、胸をいためる必要は無いのかもしれない。


 そもそもこの妖精は悪い妖精だし――


 そこまで考えて、私ははたと気づいた。


 この子は、本当に悪い子なんだろうか?


 確かに私の手を引いて人気の無いところに連れてきたりはしたけど、私に害をなそうとした、というわけじゃないし。


 畑は荒らされたけど、だれかがケガをしたわけじゃないし、いや、そもそもこの妖精が畑を荒らした証拠しょうこも無いんじゃないの?


 ただ単に、私がこわがっているだけだ。


「やめて!」


 気がついたら、私はヒミコちゃんの前に飛び出していた。

 

「ヒミコちゃん、いったん攻撃こうげきを止めて」


「あんず、一体どうして」


「だってあの妖精、苦しそう」


 私は必死に妖精にかけよった。


「大丈夫?」


 緑色の髪の妖精が目をつり上げ、歯をむき出しにしてうなる。


「大丈夫だよ、私は敵じゃない」


「あんず、あぶないわ」


「大丈夫、見てて」


 私はうなり声を上げる妖精にパイを差し出した。


「ほら、こわくない。これを食べて」


 妖精は私が差し出したパイにゆっくりと手をのばした。


「よしっ」


 すると、フワリとかいだ覚えのあるにおいいが鼻の中に広がり、頭の中に映像が流れ込んできた。


「これって――」


 流れ込んできたのは、体育の授業中の出来事。


 大きなカラスが、畑の植物のくきや根をつついている光景が見えた。


 これは、この妖精の記憶? 畑を荒らしたのは、ハーブ妖精の仕業じゃなかったんだ。


 続いて流れ込んできたのは、黒いフードをかぶった若い女の人の記憶。


 これはだれ?


 これは――若い頃のおばあちゃん?


『あなたは小さい花を大切にする優しい妖精だね。あなたがいるだけで、トマトもレタスもこんなに育ちが良くなるんだから』


 優しい声がひびいてくる。


 私の中に流れ込んできたのはハーブ妖精とおばあちゃんのあたたかい記憶だった。


 そっか。


「そういうことだったんだ」


 つぶくと、ヒミコちゃんが首をかしげる。


「どういうこと?」


「聞いて。最初に畑を荒らしたのはこの妖精じゃないの。畑を荒らしたのはカラスなの」


「え?」


「畑の作物がダメになって悲しかったから、それでこの子は作物を大きく成長させたの。この子の能力は植物を成長させることだから」


 私はハーブ帳をめくると、コンパニオンプランツとしても知られるそのハーブのページを指さした。


「あなたは成長が最も早いハーブのうちの一つで、一週間に七十グラムの葉を実らせる。トマトなどの他の植物と一緒に植えれば成長をうながしてくれる、その正体は――バジル」


 その瞬間、あざやかな黄緑の光かほとばしり、さわやかなバジルの香りが辺りに広がった。


「あなたは、バジルのハーブ妖精だね!」


「きゃっ」


 思わず目をつぶる。一体何が起こったの!?


 ローズマリーが私のそでを引っ張る。


「あんず、このスキにバジルを使い魔にするにゃん」


「使い魔にするって、どうやって」


「私にしたのと同じようにするにゃん」


「ええっ?」


 私はローズマリーを使い魔にした時のことを必死で思い出した。えっとえっと――


 頭の中に、机にられていた言葉が浮かんでくる。そうだ、あれだ。


なんじを使い魔とする――なんじの名はバジル!」


 夢中でさけぶと、急に強い風が吹いて、バジルの姿はそこからかき消えててしまった。


「えっ」


 バジルはどこに!?


「よくやったにゃん、あんず」


 ローズマリーがうれしそうな声を出す。


「よくやったって。よく分かんないけど、これでいいの?」


「いいにゃん。ハーブ帳のバジルのページを見てみるにゃん」


 言われた通りにハーブ帳でバジルのページを調べてみる。


「えっとバジル。シソ科メボウキ属の一年草。インドや熱帯アジア」


「違うにゃん、あんず。バジルの文字の横を見てみるにゃん」


「横って」


 よく見ると「バジル」という文字の横に赤く「済」という文字がスタンプで押したみたいに浮き出ている。


 これ、ローズマリーの時と同じだ。


「ってことは、これであの妖精を使い魔にできたの?」


「そうにゃん」


 本当かなあ。ぜんぜん実感は無いけど……。


「まぁ、いいか」


 これでとりあえず、一件落着かな。


「全然良くないわよ」


 ピシャリと言ったのはヒミコちゃんだ。

 そうだ、ヒミコちゃんはおばあちゃんのハーブ帳のことも使い魔のことも知らないんだった。


「説明してちょうだい。一体これはどういう事なの?」


「えっと、あの妖精、実は草木を成長させるバジルのハーブ妖精で」


 しどろもどろになりながら説明をすると、ヒミコちゃんは首を横に振った。


「そうじゃないわ。あの妖精はどうしてあなたをねらったの」

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