第16話 成長のカプレーゼ

「あの妖精は、なぜあなたをねらったの?」


 ヒミコちゃんが私を問いつめる。

 そういえば、おばあちゃんのハーブ帳や妖精の秘宝のことは、ヒミコちゃんにはまだ話してないんだった。


「それは――」


「おそらく、ウメコがらみのことニャーね」


 言いながら、ヒミコちゃんの影からニュッと出てきたのは、ヒミコちゃんの使い魔の黒ネコ、コジロウだ。


「コジロウ」


「なまけ者のローズマリーがしゃしゃり出てくるのは大抵ウメコからみのことニャー。ちがうかにゃ」


「なまけ者はよけいにゃん」


 ローズマリーがムッとした顔になる。


「でもウメコがらみのことだというのは合ってるにゃ」


 ヒミコちゃんは私の顔をじっと見つめた。


「良かったら話してくれないかしら。私で良かったら力になるわ」


 ローズマリーはふうとため息をついた。


「仕方ないにゃん。ヒミコにはほとんどバレてるみたいだし、いっその事話して協力してもらうにゃん」


「ありがとう、ローズマリー」


 私はヒミコちゃんにこれまでの事を話して聞かせた。


 おばあちゃんのハーブ帳のこと。妖精の秘宝のこと。バラバラになってしまった使い魔たちのこと。


「そう。新月ウメコの秘宝が。話だけは聞いたことがあるわ」


「本当?」


「ええ、有名な話だもの。てっきり都市伝説みたいなものだと思っていたわ」


 おばあちゃんの秘宝って、そんなに有名な話だったんだ。なんだかビックリ。


「私もまだ信じられないけどね。妖精の秘宝がどういうものか、想像もつかないし。ヒミコちゃんはどういう物か知ってるの?」


「いいえ、私もどういう物かは分からないわ。でもウワサによると、新月ウメコの秘宝は賢者けんじゃの石だと言われているわ。血みたいに真っ赤な宝石で、ものすごいパワーを秘めているって」


「へぇ」


 そんなすごいものが隠されているかもしれないなんて。何だかドキドキしちゃうな。


「でもそうと決まれば、さっそくバジルから秘宝の場所を聞きださないといけないわね」


「う、うん」


 私はバジルのほうへ向き直った。


「バジル、おばあちゃんの秘宝のある場所を知らない?」


「きゅ?」


「秘宝。知らない?」


 だがバジルは首をかしげるばかりだ。


「どうやら知らないみたいにゃんね」


「そっかぁ」


「ひょっとして残りの妖精のうちのだれかが知っているのかもしれないわね」


「そうだね」


「大丈夫。妖精の秘宝が見つかるまで、私も手伝うわ」


「ありがとう」


 結局、妖精の秘宝は見つからなかったけど、秘宝を探す仲間ができたのは心強いかな。


「そういえば、バジルを使い魔にしたってことは、今後は私もバジルの能力も使えるようになるの?」


「おそらくにゃん」


 私はハーブ帳のバジルのページを開いた。

 そこには、バジルが成長をつかさどるハーブであることが書かれていた。


「そっかぁ。じゃあ私も成長して背がのびたりするのかな!」


 期待に胸をふくらませていると、ローズマリーは冷たい顔で私のことを見やった。


「さあ、どうかにゃ」


「そんなに上手くいくかしら」


 ヒ、ヒミコちゃんまで!


「行くに決まってるよ!」


 私はがぜんやる気になっていた。そうと決まったら、早速家に帰ったらバジルの料理を作らないと。


 これでチビで子供っぽいあんずからはおさらばだ!


 ***


「ただいまー!」


 家に帰るとすぐにカバンを放り投げ、台所へと向かう。


「おばさん、台所借りていい?」


「いいけど、もうすぐ夕ご飯なのに何を作るの?」


「えっと、トマト料理! なんだか急にトマトが食べたい気分になって」


「ふぅん」


 苦しまぎれに言い訳をすると、アケミおばさんはフシギそうな顔をしながらも、畑から赤々としたトマトを採ってきてくれた。


「ほら、採れたてのトマトだよ。これ、使って」


「ありがとう!」


 さっそく採れたてのトマトとチーズをうす切りにする。そしてその上からオリーブオイル、レモン汁、塩コショウ少々とバジルを混ぜたソースかけてできあがり。


「できた。成長のカプレーゼ!」


 私は成長のカプレーゼをほおばった。バジルの香りとトマトのみずみずしさ、チーズのまろやかさがマッチして美味しい。トマトが苦手な人でも、いくらでもパクパク食べられそう。


 でも――


「背がのびる気配は無いなぁ」


 私は夕ご飯を食べながら首をかしげた。

 まぁ、いいや。もしかしてハーブの効果が出るまで時間がかかるのかも。とりあえず、明日の朝まで待ってみよう。



 そして私は朝起きると、朝ご飯を食べ、歯みがきをして着がえ、ワクワクしながら部屋の柱の前に立った。だけど――


「ど、どうして……」


 柱のキズを見てワナワナと体をふるわせる。


「どうして背がのびてないの~!?」


「もう、あんず! 朝から何をさわいでいるにゃん」


 ふとんの中からローズマリーが出てきてのびをする。


「だってローズマリー、昨日バジルのハーブ妖精にお願いしたのに、ぜんぜん背がのびてないんだよ!?」


「そりゃそうにゃん。だって、あのハーブ妖精は……」


「あんずちゃん、あんずちゃん、あんずちゃーーーーん!!」


 アケミおばさんが血相を変えて私の部屋に飛び込んでくる。


「ど、どうしたの、アケミおばさん、朝っぱらから」


「あんずちゃん、大変なの。ちょっとお庭に来て!」


 アケミおばさんに手を引かれ、サンダルをはいて庭に出る。


「うわぁ!」


 庭に出た私は、思わず声を上げた。

 

 そこには、見渡す限りの花・花・花。


 庭に植えた植物が、育ちまくっていたのだ。


「見てこれ、ナスやピーマンもこんなに大きく育っちゃって。どうしたのかしら」


 アケミおばさんがナスを片手にクルリと回る。


「もしかしてこれ」


「バジルのハーブ妖精の力にゃんね」


 ローズマリーがポリポリと首をかく。


 やっぱり~!


「なんで私の背じゃなくて庭の野菜を成長させるのよ」


「それがバジルの力にゃん。を成長させるハーブ妖精だからにゃ」


 ローズマリーが意地悪そうに笑う。


 何それ!


「それを早く言ってよ」


 大喜びで野菜を収穫するアケミおばさんの後ろで、私はチラリと畑の一角を見た。


 トマトが真っ赤に実る畑の中で、ちゃっかり緑色の妖精がほほえんでいる。


 思ってた力とは少しちがったけど――ハーブ妖精って、すごい!

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