4.山に咲く妖精

第17話 呼び出し

「見て見て。昨日植えたばかりのお花、こんなに育ってる!」


 アケミおばさんが朝からおおげさな声を上げる。


 見ると、玄関の前で赤に黄色に水色、カラフルな花たちが開いていた。


 これもバジルのハーブ妖精のしわざだろうか。植物を成長させる力を持ってるって聞いたけど、これほどなだなんて。


 私は家の前の花だんをのぞきこんだ。


「わぁ、キレイ。おばさん、こんなにキレイな花まで育ててたんだ」


「うんそうなんだ。キレイでしょ? しかもこれ、全部食べられるハーブなんだよ」


「えっ、そうなの。このお花、食べるの?」


 おばさんの言葉に、少しギョッとしてしまう。お花を食べるなんて、あんまり想像つかないなぁ。


「うん。エディブルフラワーっていうの。よくサラダやパスタの周りに花をかざってるの、見たことない?」


 確かに、テレビとかネットで見た事があるような。


「あれって、ただのかざりじゃなくて食べられるんだ」


「うん。しかもハーブとしての効果もちゃんとあるんだよ。例えばこのローズマリーやカモミールなんかもよく食べられてるし、このパンジーもそう」


 私はパンジーの花をまじまじと見つめた。

 小学校の花だんや近所の家の前なんかでもよく見るこの花も、食べることができるんだ。なんだかビックリ。


「このパンジーもせき止めなんかの作用があるハーブの一種なんだよ」


「へぇ、そうなんだ」


 こんな身近な花もハーブだったなんて。まだまだ知らないことだらけだなぁ。


 朝ご飯を食べ終え、まだ登校まで時間があった私は、おばあちゃんのハーブ帳片手に家の前や横にある花だんの花たちをながめた。


「あんず」


 私が家の前の花だんに夢中になっていると、後ろから声をかけられる。


 ふり返るとそこには、制服姿のヒミコちゃんが立っていた。


「ヒミコちゃん、おはよう」


「何やってるの。学校に遅刻ちこくするわよ」


 あわてて時計を見ると、始業時間まであと十分ほど。ひぇ~!


「ど、どうしようヒミコちゃん、遅刻しちゃうよ」


「大丈夫よあんず、全力で走れば間に合うわ」


 ヒミコちゃんは冷静な顔で学校へと走っていってしまった。


「わわっ、待って。待ってよ~!」


 走るって、そんな事言われても、私はヒミコちゃんみたいに足速くないんだから!


 でも走らなくちゃ遅刻しちゃうし、仕方なく全速力で学校へと向かっていると、何かが目のはしでキラリと光った。


 ん?


 私は後ろを向いて、通り過ぎた景色を二度見した。今なにか、金色のものが光ったような。


 気のせいかな。


「何してるのあんず、急ぎましょう」


 ヒミコちゃんに声をかけられ、ハッとわれに返る。


「あ、うん」


 私たちは大急ぎで教室へと向かった。


「ふぅ、ギリギリセーフ」


 息を切らしながら教室に転がり込む。始業時間まではあと五分ほどある。良かった、遅刻しなくて。


「よう、今日はおそかったんだな」


 タケルくんが声をかけてくる。


「うん、ちょっと寝坊ねぼうしちゃって」


 私が答えると、タケルくんはニヤリと笑った。


「そっか、それでそんなに髪がグチャグチャなんだな」


「えっ? ――ああっ!」


 鏡を取りだし確認すると、確かに髪がぐちゃぐちゃ。まるで爆発ばくはつに巻きこまれたみたい。ひどい!


「うわわ、何これ」


「ひでーな」


「もう、見ないでよー」


 必死でクシで前髪をとかすけど、中々髪は戻らない。


 私はヒミコちゃんをチラリと見た。

 私と同じく走って学校に来たはずなのに、ヒミコちゃんのサラサラストレートヘアーは一ミリたりとも乱れていない。


「何見てるんだ?」


「ヒミコちゃん。今日、学校に来るとちゅうで会ったんだけど、ヒミコちゃんはちゃんと間に合ったんだね」


「ああ、普通通りに来てたぜ。というか」


 タケルくんはチラリとヒミコちゃんの方を見た。


「お前、最近聖ヒミコと仲良いよな」


「うん、まあ」


「すげーな。あの聖ヒミコと仲良くなるなんて、中々できないぜ」


「そうかな」


「そうだよ。見ろよあの仮面かめんみたいな顔」


 私はヒミコちゃんの顔を盗み見た。

 開け放した窓からそよ風が吹いてきて、ヒミコちゃんの真っ黒な長い髪をゆらしている。


「美人だから冷たく見えるだけで、本当はいい子だよ」


「でも小学校の時はぜんぜん友達いなかったぜ」


「自分から他の人に声をかけるのが苦手なだけだよ」


「そうなのか?」


 じっとヒミコちゃんを見つめるタケルくん。何でだろう、ヒミコちゃんのこと、そんなに気になるのかな。


 あっ。もしかしてタケルくん、ヒミコちゃんのこと好きなのかな。ありえるかも。だってヒミコちゃんびじだし、スタイルも良いし!


 私は身を乗り出した。


「ねぇ、良かったらヒミコちゃんのこと紹介しようか?」


「えっ。いや、いいよ、別に」


 タケルくんはそっぽを向く。

 あれ? タケルくん、ヒミコちゃんに興味があるのかと思ったけど違うのかな。それとも、照れてる?


「新月さん、おはよう」


 私がタケルくんと話していると、不意に後ろから声をかけられる。


「お、おはよう!」


 声をかけてきたのは、真後ろの席に座ってる女の子だ。ショートカットでちょっと大人しそうな子。名前は―― えっと寿々木ススキさんだっけ。


「どうしたの、ススキさん」


「今、ちょっといいかな。リリスちゃんが呼んでるんだけど」


「リリスちゃんが?」


 リリスちゃんと言えば、カノンくんのファンクラブの子だ。大金持ちで町長の娘だってウワサの。そらがどうして私をよぶんだろう。


「何の用だろ」


「いいから早く来て」


 しぶしぶススキさんの後について廊下ろうかに出る。


 そこには、リリスちゃんと、ススキさんといつも一緒にいる櫻木サクラギさんという三つ編みの女の子が待っていた。


 リリスちゃんは私の顔を見ると、長いツインテールを揺らしてニッコリと笑った。


「あら、新月さん、よく来てくれたわね」


「う、うん。用って何?」


 おずおずと返事をする。


「そんなに緊張しないで。私はただ、あなたと友達になりたいだけなの」


「友達に? う、うん、それはいいけど――」


 私がとまどっていると、リリスちゃんはニッコリと笑い、ハッキリとした口調でこう言った。


「本当? じゃあ、聖ヒミコとつきあうのはやめて、私たちのグループに入ってくれる?」



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