第18話 リリスちゃんのさそい

 「えっ」


 ヒミコちゃんとつきあうのはやめる?


 とつぜんの言葉に、頭が真っ白になる。一体どうして?


「えっと、ヒミコちゃんとも仲良くしちゃだめなのかな」


 私が小さい声で言うと、リリスちゃんはカッと目をつり上げた。


「ダメに決まってるじゃない。あんな暗い子!」


「そうよ、話もはずまないし」

「そうそう、なんかお高くとまってるよねー」


 ねー、ススキさんとウメキさんが顔を見合わせる。


「えっと……」


 よく分からない。よく分からないけど、何となく、リリスちゃんたちがヒミコちゃんをキライで、ヒミコちゃんから私を引きはなそうとしているのだと思った。


「ほら、私たち三人グループじゃない? だから授業で二人組を作れってなった時に一人あまっちゃうのよね」


「そう、だからあなたが入ってくれればちょうどいいの」


「ねー」


 ニコニコと笑いながら話を進めていく三人に、私はとまどいながら何とか声を出した。


「あ、あの」


「まぁ、すぐにとは言わないわ。返事は後で聞くから、家に帰ってじっくり考えてみて」


 リリスちゃんはとまどっている私の肩をポンと叩く。


「じゃあね」


 手をふりながら去っていくリリスちゃんたち。


 私は、その後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。


 どうしよう!?


 ***


「さて、今日の校外学習は予定通り花咲山はなさきやまに行きますよ。みんな、お弁当は忘れずに持ってきたかな?」


 柳先生がパンパンと手を叩く。


 今日は年に一度の校外学習の日。


 私たちは、黒板に書かれた通り、スケッチブックや筆記用具、飲み物やお弁当など必要なものを用意すると、先生の後について近所の山へと登った。


「さてみんな、この花咲山には沢山の自然がある。みんなも木や花や、虫、気になる物があったらスケッチしてみよう」


 山の中腹ちゅうふく展望台てんぼうだいのある辺りで先生が指示を出すと、私たちはスケッチブックを手にあちこちに散らばった。


「あんず、こっちよ」


 ヒミコちゃんが手まねきする方に行ってみると、すずらんの花の下に、小さな白い妖精がいた。


「わぁ、かわいい」


 私が手をのばすと、すずらんの妖精はサッと草の影にかくれてしまった。


「あっ」


「だめよ、妖精は敏感びんかんだから、うかつに近よっちゃ」


 ヒミコちゃんがけわしい顔をする。


「そうなの? ローズマリーやバジルは人なつこいからつい」


「一般的に植物妖精は人間にはなつきにくいと言われているわ」


 ヒミコちゃんはまっすぐに私を見つめた。


「そうなんだ。じゃあ植物の妖精を使い魔にしているのはめずらしいの?」


「そうね。もしかすると、自分の庭で育てたハーブだとちがうのかも知れないけれど、ウメコさんには植物の妖精を手なずけるフシギな力があったのかも」


「そっか、やっぱりおばあちゃんはすごかったんだね」


「何言ってるの、あんずはそのウメコさんの後継者こうけいしゃじゃない」


 そうなのかな。私には、その実感はまるで無いんだけど。


 私はヒミコちゃんの顔をじっと見つめた。

 思い出されるのは、さっきのリリスちゃんの言葉。


 どうしよう。ヒミコちゃんにリリスちゃんのこと、相談するべきかな。


 でもリリスちゃんたち、ヒミコちゃんの事を仲間はずれにするつもりみたいだし、聞いたらやっぱりキズつくよね。


「……あんず?」


「へっ?」


 ヒミコちゃんに顔をのぞき込まれ、ビクリとする。


「どうしたの、あんず。校外学習、楽しみにしてたじゃない」


「う、ううん、何でもないよ。楽しいよ。だって私、山に登るのも絵を描くのも好きだし」


 私は作り笑いを浮かべた。


 ヒミコちゃんが片まゆを上げる。


「あんずったら、さっきから何か変よ」


「そ、そう? 何でもないよ。それより何の絵をかこうかなぁ」


 校外学習で山に行けるって聞いて、ずっと楽しみだった。

 だけどわさっきのリリスちゃんのさそいが頭の中をぐるぐる回ってて、それどころじゃない。


 “ 聖ヒミコとつきあうのはやめて、私たちのグループに入ってくれる?”


 そんなこと、できるわけない。


 やっぱりあの時、断っておけばよかったな。


 でもあんまりハッキリ言っちゃうと、角が立っちゃうし、どうしよう。


 こんな時、ヒミコちゃんだったらキッパリ断るんだろうな。


「はぁ」


 どうして私はこうなんだろう。


 私は自分の弱さにため息をついた。


「よしっ、こんなもんかな」


 結局、結論の出ないまま、私は絵を書き終えた。


 横を見ると、ヒミコちゃんもちょうど鉛筆を置いたところだった。


「ヒミコちゃん、かけた?」


「ええ、こんなものかしらね」


 私はヒミコちゃんのスケッチブックをひょいとのぞき見た。


「わぁ、ヒミコちゃん上手いね」


 思わず声を上げる。

 ヒミコちゃんのかいた杉の木は、まるでプロの画家がかいたみたいに上手だ。


 私も絵は得意な方だと思ってたけど、ヒミコちゃんの絵と比べるとまるで幼稚園児のお絵かきみたい。


「そうかしら。これくらい普通でしょ」


 ヒミコちゃんは少し照れたようにそっぽを向いた。 


「あんずの絵も見せてくれない?」


「えっ、私の? ヒミコちゃんの絵とちがって下手くそだよ」


「それでもいいわ。あんずの絵が見てみたいの」


 ヒミコちゃんはそう言ってくれたけど、ヒミコちゃんの絵を見た後じゃ、とてもじゃないけど恥ずかしくて見せられない。


「や、やっぱりダメ! ……あっ」


 スケッチブックを体の後ろに隠そうとしたひょうしに、手がすべってスケッチブックは山の斜面しゃめんをすべって転がっていってしまった。


「ああっ、スケッチブックが」


 せっかくかいた絵が!

 どうしよう、下手くそとはいえ、かいた絵は先生に提出しなきゃいけないのに。


「ヒミコちゃん、私、取ってくるね」


「あぶないわよ、あんず」


「大丈夫、すぐ戻るから」


 私はヒミコちゃんが止めるのも聞かず、山の斜面をそろそろと下り始めた。

 

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