第29話 かべの妖精

「あんず、大丈夫?」


「うん、平気。思ったより急じゃない」


 私はスケッチブックが転がっていったさわの方へとソロリソロリとおりた。


 もう、どうしてこうなっちゃうんだろう。かいた絵は先生に提出しなきゃいけないのに。


 ゆっくりと斜面しゃめんを下りる。


「あんず、気をつけて」


「大丈夫、大丈夫」


 ゆるやかな坂をゆっくりと下りると、私はスケッチブックを拾い上げた。


 良かった。表紙が少し土にまみれていたけど、ぬれてないし、中の絵も大丈夫そうだ。


 ホッと息を吐く。だけど――


 ――ゾクッ。


 私がスケッチブックの中身を確め、元の道へと戻ろうとした時、背中に何か冷たいものが走った。


「何?」


 おそるおそるふり返ると、そこにあったのは……大きな金色のかべだった。


「ええーっ、何これ!」


 壁……壁だよねぇ?


 私はゆっくりと目の前のものを触ってみた。


 ぺたり。


 何これ。カチカチに固くて、まるで金属みたい。


 でも山の中に壁なんてあるわけないし――まさか、これも妖精のしわざ?


「あんず、あんず。どこにいるの?」


 壁の向こうからヒミコちゃんの声がする。どうやらヒミコちゃんも私の後を追って斜面をおりてきたみたい。


「ヒミコちゃん? 私はここだよ」


「あんず? ひょっとして、この壁の向こうにいるの」


 壁をドンドンとたたく音がする。まちがいない。ヒミコちゃんはこの向こうにいるんだ。


「うん。けど大丈夫、ケガは無いし」


「そう、それなら良かったわ。壁をこえてこっちに来られる?」


「う、うん」


 私は壁のはしを探して元の道に戻ろうとした。だけど、いくら歩いても壁のはしっこは見つからない。


「どうして?」


 このままだと、元の道にもどれなくてみんなに置いていかれちゃう! 下手したらこのまま暗くなって野宿、なんてこともあるかも。


 えーん、やだよ。どうしよう!?


「あんず!」


 私がパニックになっていると、影の中からスルリとローズマリーが現れた。


「ローズマリー!」


「あんず、どうやら困ってるみたいだにゃ。こんな時こそ、ハーブ妖精の力を使うにゃん」


「ハーブ妖精って、この間つかまえたバジルのこと? でもどうやって」


「ハーブ料理にゃん」


 ハーブ料理って、ここにはキッチンも無いのに――。


「あっ」


 そうだ、お弁当! 


 私は急いでカバンからお弁当を取り出し、勢いよくフタを開けた。そこにはバジルのたっぷりかかったチキンの香草焼きが入っていた。


 あった、バジル。これだ!


「えいっ!」


 私は思い切って、チキンの香草焼きにかぶりついた。


「お願い、バジル! 私を助けて!」


 とたん、黄緑の光が溢れ、影の中から羽の生えた緑の妖精が出てきた。


「きゅいーっ!」


 バジルだ。本当に、私の使い魔になったんだ。


「きゅいっ!」


 バジルが緑色の羽をバタバタと動かす。と、私の体がぐい、と持ち上がった。


「え!?」


 わけが分からず下を見ると、私の足の下から茶色くて太い根が生えてきた。


「木!?」


「きゅいきゅいーっ!」


 そしてその木はどんどん成長し、根が生え幹が生え枝が生え――ついに壁を飛び越えるほどの大きな木へと成長した。


「うわっ、すごい。こんなに大きくなるなんて!」


「そりゃ、バジルがあんずの使い魔になったからだにゃ。ハーブ妖精は、ハーブの力を倍増させる効果があるにゃけど、その力はハーブ妖精とのきずな深まるごとに強くなっていくにゃん」


「そうなんだ」


 ってことは、バジルと私のきずなが深まったってこと? ただうちに住んでもらってるだけで、特にきずなが深まるようなこともしてないけどなあ。


「きゅきゅいっ」


 私と目が合うと、バジルはうれしそうに笑っだ。


 そしてバジルのおかげで、私は上から壁を越え、向こう側に行くことができた。


「あんず!?」


 壁の向こう側にいたヒミコちゃんがあんぐりと口を開ける。


「よく分からないけど、バジルに助けられたみたい」


「これがバジルの能力、植物を成長させる力にゃ」


 なぜかローズマリーが胸を張る。


「きゅきゅいーっ」


 私が壁の向こう側へとおり立つと、バジルは再び私の影の中へと消えていった。


「それで、コイツは何なの?」


 ヒミコちゃんが目の前の壁をコンコンと叩く。


「あんず、恐らくコイツもハーブ妖精にゃん」


「ええっこれも?」


 ぜんぜん植物っぽい見た目じゃないけど――でも確かに、妖精の気配がする気がする。


「ってことは、この妖精をつかまえておばあちゃんの秘宝のありかを聞かなくちゃいけないのね?」


「そうにゃん。早くこのハーブ妖精の正体を当てるにゃん」


 そうは言うけど、正体だなんて見当もつかないよ。


「正体をあばいて使い魔になんかしなくても、実力行使で聞き出せばいいのよ」


 ヒミコちゃんが胸元からおふだを取り出す。


「ヒミコちゃん!?」


「てやっ」


 ヒミコちゃんが壁に向かってお札を投げる。炎をまとい、お札はまっすぐに飛んでいく。


 だけど――


 カキン、カキン!


 お札はするどい音を立てて、はね返された。


「なっ――」


 ヒミコちゃんが目を見開く。


「なんてかたいやつなの。まるてたてみたい」


たて――」


 その時、私の頭の中に、今朝見た花だんの光景が思いうかんだ。


「もしかして」


 私はヒミコちゃんの方へふり返った。


「ヒミコちゃん、私、このハーブ妖精の正体

分かったかも」

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