第20話 盾のハーブ

「ハーブ妖精の正体が分かった?」


 ヒミコちゃんが目を見開く。


「うん、多分だけど」


 私は家の前の花だんに生えていたハーブたちを思い出した。


 その花はハスのような丸い葉をつけ、金色の花をつけることから、金蓮花キンレンカとも呼ばれている。


 花はヘルメット、葉はたてに見立てられ、てきに立ち向かっていく戦士の姿に似ていることから、花言葉は「困難に打ち勝つ」「勝利」。


 サラダやサンドイッチとしてよく食べられてある花や葉には、ビタミンCや鉄分が多く入っていて体を強くする作用があるという。そのハーブは――


「ナスタチウム」


 私は目の前の金色のかべを見つめた。


「あなたはナスタチウムのハーブ妖精だね!」


 すると金色の光が辺りをつつみ、丸い葉っぱに黄色い花をつけたハーブが現れた。


「汝を使い魔とする――ナスタチウム!」


 さけぶと同時に強い風がふき荒れる。


「きゃっ」


 私とヒミコちゃんは思わず目をつぶった。

 そして目を開けるとナスタチウムの姿はいつの間にかかき消えててしまった。


 私はローズマリーの顔を見た。


「あんまり実感はないけど、これでナスタチウムを使い魔にできたのかな?」


「ハーブ帳で確認してみるにゃ」


「う、うん」


 リュックからハーブ帳を取り出し、ナスタチウムのページを見る。

 そこには確かに赤字で「済」と書かれていた。


「うん、間違いないにゃ。さっそくナスタチウムを呼び出してみるにゃん」


「うん。――ナスタチウム」


 キラキラと金色の光が辺りをつつむ。

 やがて私の呼びかけに応じて、黄色い盾を持った小さな金髪の妖精が現れた。


「あんず、秘宝の場所を聞いてみるにゃん」


 ローズマリーに急かされ、私はナスタチウムにたずねた。


「うん。ナスタチウム、おばあちゃんが残した妖精の秘宝の場所を知ってる?」


「…………」


「ナスタチウム?」


 ナスタチウムをじっと見つめたけれど、返事は返ってこない。ローズマリーはため息をついた。


「どうやらナスタチウムは秘宝のありかを知らないようにゃね」


「そ、そうなの?」


 残念。今度こそ、秘宝のありかが分かると思ったのに。


「――あんずちゃん、聖さん!」


 がっくりと肩を落としていると、どこからか私たちをよぶ声が聞こえてきた。


「は、はい!?」


 ビクリとしながらふり向くと、カノンくんが息を切らしながら走ってくるのが見えた。


 慌ててハーブ帳をリュックの中にしまう。


「か、カノンくん!」


 まさか、さっきの会話。聞かれてないよね?


 だけどカノンくんはいつもと同じすずしい顔で、元来た道を指さした。


「こんな所にいたんだ。そろそろお昼ご飯だよ」


「あ、うん!」


 良かった。ハーブ帳のことも、ハーブ妖精のこともバレてなさそう。


 カノンくんは私が手に持っていたお弁当に目を止める。


「あんずちゃん、まさかお弁当食べてたの?」


 あ、お弁当、しまい忘れてた!

 私はあわてて言い訳をする。


「う、うん。お腹が空いちゃって、つい早弁はやべんしちゃったの……」


「そうだったんだ。朝ご飯、食べてこなかったの?」


「いや、食べてはきたんだけど――」


 しどろもどろになりながら答える。

 ヒミコちゃんは、ふぅ、とため息をついた。


「あんずは食いいじが張っているから仕方ないでしょ。それより行きましょ」


「ヒ、ヒミコちゃん」


 それ、全然フォローになってないよ!


 こうして私は、ナスタチウムのハーブ妖精を使い魔にし、校外学習へと戻ったのだった。


 ***


 そして翌日。私は早起きをして台所に立っていた。


「おはよう、あんずちゃん。今日はずいぶん早いのね」


 目をこすりながらアケミおばさんが起きてくる。


「うん。ちょっと早起きして朝ごはんを作りたいと思って」


 アケミおばさんは私が作ったサンドイッチを見て目を丸くする。


「これを、あんずちゃんが?」


「うん、ナスタチウムを使ったサンドイッチを作ってみようかと思って」


 答えると、アケミおばさんはぱあっと顔をかがやかせた。


「へえ、ナスタチウムの。家ではあんまりエディブルフラワーって使わないから、なんか新鮮!」


「ビタミンCがたくさん入ってるからお肌にもいいらしいよ」


 そんな話をしながら、二人でサンドイッチをほおばる。

 食べてみると、葉っぱは少しワサビみたいな辛味があって、花はふんわりと甘い香り。

 苦手な人もいるかもしれないけど、ちょっと刺激的しげきてきな味でクセになりそう。


「うん、美味しいね。あんずちゃん、ありがとう」


 二人でナスタチウムのサンドイッチを食べると、私は軽い足取りで学校へと向かった。


 学校に着くと、昨日の校外学習でかいた絵が、クラスのかべに貼りだされていた。


 やっぱり、ヒミコちゃんの絵は上手いなぁ。


 私がぼんやりと絵をながめていると、リリスちゃんたちが私のほうへと歩いてきた。


「あんずちゃん、私たちのグループに入る決心はついた?」


 き、来たっ。


 私はぎゅっとこぶしをにぎりしめた。


「あんな暗い子と友達になってもいい事なんかないわよ」

「そうそう。これからクラスで楽しく過ごしたければ、リリスちゃんとお友達になった方が身のため」


 ススキさんもサクラギさんも私につめ寄ってくる。


「えっと……」


 三人に見つめられ、私は思わずたじろいでしまった。


 どうしよう。


 心の中にモヤモヤした気持ちが広がる。


 ヒミコちゃんのために断りたい。

 なのに――言うことを聞かないと、クラスで仲間はずれにされちゃうかも。そんな気持ちが心の中にふくらんでいく。


 やだな。


 リリスちゃんたちとの対決にそなえて、強くなれるようにナスタチウムのサンドイッチを食べてきたけど、結局、私は弱いままだ。


 やっぱり私にはハーブ使いの力は無いのかな。


 ヒミコちゃんのために断りたいのに。


 ヒミコちゃんのために強くなりたいのに――。


 私が強くそう願うと、胸の奥で何か金色のものが光った。


 胸の奥から力がわき出てくる。あらゆる困難をはね返す黄金の盾、ナスタチウムのハーブの力だ。


 心の中にその盾を実感した時、私の心はもう、ゆらがなくなった。


 大丈夫。


 私は一人じゃない。


 ハーブ妖精がついてる。


 私は大きく息をすいこむと、正面からリリスちゃんを見つめた。


「ごめん。せっかくさそってくれて悪いけど、私はヒミコちゃんと友達でいたいの」


 思ったよりはっきりした声が出た。

 リリスちゃんは、おどろいたように目を見開く。


「あんた、それ本気!?」


「うん、本気だよ。私、自分の友達は自分で選びたいの」


 私とリリスちゃんは無言で見つめあった。

 だけど少しして、リリスちゃんは私から目をそらした。


「……分かったわ。後で後悔こうかいしても知らないから。行きましょ」


 ススキさんとサクラギさんの手を引き、席にもどっていくリリスちゃん。


 ――これで、良かったんだよね?

 

「おはよう、あんず」


 するとヒミコちゃんが教室に入ってくる。


「あ、おはよう、ヒミコちゃん」


 ヒミコちゃんのそばにかけ寄ると、ヒミコちゃんは少し顔を赤くして言った。


「……ありがと」


「えっ?」


 あ、もしかして、さっきの会話、聞かれてた!?


 私も顔がかぁっと熱くなる。何だかはずかしいな。でも――


 ヒミコちゃんのキレイに整った白い横顔を見つめる。


 やっぱり、これで良かったんだよね。


 心の奥で、金色の盾がキラリと光った気がした。

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