第6話 聖ヒミコ

 やだ、もしかして迷子?

 真っ暗だし、まだ島の地理もぜんぜん分からないし、どうしよう。家に帰れないよ。


 オロオロしていると、だれかが私の手をつかんだ。


「コッチ」


 えっ。


 聞きなれない高い声。ふり返ると、そこにいたのは、緑色のキラキラしたはだに緑のかみ、緑の羽の生えた――小さな妖精だった。


「妖精?」


 おどろいていると、妖精は私の手をにぎったままニコリと笑った。


「コッチ」


「こっち? こっちにアケミおばさんがいるの」


「ソウ」


 妖精はどんどん私を暗がりへと引っ張っていく。


「ねぇ、どこへ行くの。おばさんは?」


「コッチ」


 妖精に連れられて、人の気配や灯りからどんどん離れて暗がりに入っていく。


 どうしよう。心臓しんぞうがイヤな音を立てる。けど――。


 私はフラフラと妖精に引っ張られるままに暗がりへと歩いていった。


「――いけない!」


 私がぼんやりと妖精の後をついて歩いていると、後ろから声がした。


「だれ?」


 ふり返るとそこには高校生くらいの女の子が立っていた。


 雪のように白い肌に、切れ長の目。こしまである真っ黒でサラサラな髪。まるでアイドルかモデルみたいにキレイな子。


 わあ、こんなに美人な子、初めて見た!


 思わず見とれていると、女の子はけわしい顔をしてさけんだ。


「あなた、どうやら悪い妖精に魅入みいられてしまったみたいね。でも、そいつからははなれた方がいいわ」


 悪い妖精?


 私が妖精の顔を見やると、妖精は私の手をギュッとにぎりしめる。


「痛っ」


「イクナ」


 妖精の緑色の目が見開かれ、ヘビみたいにスッと細くなる。背筋せすじにゾッと寒いものが走った。


「妖精め、その子からはなれなさい」


 女の子はポケットからおふだみたいなものを取り出した。


悪霊退散あくりょうたいさん!」


 女の子がさけびながらお札を投げる。妖精はギャッと声を上げ、後ろに飛びのいた。


 女の子がぐいっと私の手をにぎる。


「来て。今のすきに、早く」


「う、うん」


 私の手をにぎったまま思い切り引っ張る女の子。

 私たち二人は手をつないでそのままその場を走り去った。


 はぁ……はあ……はあ……。


 肩で息をする。


「ここまで来れば大丈夫かしら」


 人通りの多い道まで戻ると、女の子が手を放した。


「あのっ、あなたは」


 言いかけたところで、アケミおばさんの叫び声が聞こえた。


「あんずちゃーん!」


「アケミおばさん」


 顔を上げると、そこには見慣れた顔があった。ホッと緊張の糸が切れる。


「あんずちゃん、どこにいたの」

 

 青い顔をして走ってくるアケミおばさん。


「うん、ちょっと迷っちゃったみたいで」


「そう……ってあれ、ヒミコちゃん?」


 アケミおばさんが私のとなりにいた黒髪の女の子に目をやる。


「この子、アケミさんの知り合い?」


 女の子がけげんそうな顔をする。


「この子はあんずちゃん。私のめいっ子なの」


「新月あんずです。最近この島に引っこしてきたんだ。よろしくね」


 私が手を差し出すと、ヒミコちゃんは無表情に手をにぎり返した。


「……ヒミコ。ひじりヒミコ」


 ヒミコちゃんがあいさつすると、肩から金色の目の黒ネコがひょっこりと顔を出す。


「姪ということは、やはりこの子があのウメコの孫ということかニャー」


 あれっ、この子、ローズマリーと一緒にいたネコだ。


 私を見つめる黒ネコ。そののどを、ヒミコちゃんがなでた。


「こっちは使い魔のコジロウ」


 使い魔? ヒミコちゃんにも使い魔がいるの?


「ってことは、ヒミコちゃんもネコの言葉が分かるの?」


 私が聞いてみると、ヒミコちゃんが目を見開く。


「ええ。ひょっとして、あなたも?」


「そうなの。この島に来てから、とつぜん聞こえるようになっちゃって」


「そう。私は生まれた時からよ」


 ヒミコちゃんがコジロウの頭をなでる。


 良かった。ネコの言葉が分かるの、私だけじゃないんだ。


「……でもこの島には、昔からフシギな力を持った子供が毎年何人か産まれるらしいから、フシギなことじゃないのかも」


「そうなんだ」


 私はコジロウをじっと見つめた。


「コジロウくんって言うんだ。よろしくね」


 だけれど、コジロウはフンと横を向いた。か、可愛いくない。


「それじゃあ私、行くから」


「あ、うん。バイバイ」


 私はヒミコちゃんに手を振ったけれど、ヒミコちゃんはふんと鼻を鳴らしてそのまま去っていった。何だか、すごくクールな感じの子だな。


「あの子、うちの近所の子だよ。ほら、山の上の神社、あそこにすんでるの」


 アケミおばさんが教えてくれる。


「へぇ、そうなんだ。神社に」


 ってことは、巫女みこさんなのかな。ひょっとしてフシギな力を持っているのもそのせいなのかも。


「確か、あなたと同じでこの春から中学生なはず。学校で会えるかもね」


「へー、そうなんだ。大人っぽい」


 背も高いし、スタイルが良くてキレイだから、てっきり高校生かと思っちゃった。まさか私と同じ年中学一年生だなんて。


 私はヒミコちゃんの去っていった方角を見つめた。


 そういえば、助けてもらったのにおれいを言いそびれちゃったな。


「ヒミコちゃん、学校でまた会えるかな?」


 私がつぶやくと、アケミおばさんがニッコリと笑った。


「きっと会えるよ」


 ***


 お祭りでの買い物を終え、家に帰る。なんだかすごく疲れて、ヘトヘトだ。


「ただいまー」


 玄関先げんかんさきに座り込むと、暗いろうかの奥からローズマリーがアクビをしながら出てきた。


「どうしたにゃん、あんず。そんなに疲れた顔して」


「どぅこうもないよ、迷子まいごになっちゃってさ」


 私は、ローズマリーにおばさんとはぐれていた時のことを話した。


「そしたら、緑色で羽の生えた妖精が現れて――」


 私が妖精の話をしたとたん、ローズマリーの顔が急に真剣になる。


「あんず、そいつはもしかして、ウメコの使い魔のハーブ妖精かもしれないにゃ」


「えっ、あれが?」


 私はお祭りで出会った緑色の妖精の姿を思い出した。


 今思い出しただけでもゾッとする。一体あの妖精は私をどこに連れていこうとしていたのだろう。


「普通、妖精というのはとても用心深くて、人間の前には出てこないにゃん。それが向こうからやってきたということは、ウメコの使い魔の可能性が高いにゃん」


「ってことは、あの妖精が妖精の秘宝のありかを知ってるかもしれないんだね」


「おそらくにゃ」


 さっきお祭りで会った妖精の姿を思い出す。

 あの冷たい手。ゾクゾクと背中に冷たいものが走る。


「ねぇ、ローズマリー、私はどうすればいいのかな。またあの妖精に会いにいけばいいの」


「その必要は無いにゃ」


 ピシャリとローズマリーは言う。


「あんずはハーブ妖精に目をつけられたにゃ。こちらから行動を起こさなくても、向こうからまたやって来るはずにゃ」


「向こうから」


 私はゴクリとつばを飲み込んだ。

 あの妖精が、またやって来る?


「大丈夫にゃ、あんず」


 ローズマリーが私にすり寄ってくる。


「明日からは、私もあんずの側について歩くにゃ。もし必要な時に私がいなかったら、影に向かって名前を呼ぶにゃん」


「うん、分かった」


 私はローズマリーを抱き上げた。

 ローズマリーがいてくれれば少しは安心だけど――でも、やっぱり怖い!


 あんなに怖い妖精にまた会わなくちゃいけないなんて、どうしたらいいの?




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