2.懐かしのアップルパイ

第5話 若葉祭り

「あんず、早く起きてハーブの勉強をするにゃん」


 朝起きるなり、いきなり私の前で仁王におう立ちする白いネコ。


 私は眠い目をこすりながら、頭の中で状況じょうきょうを整理した。


 ハーブの勉強ねぇ。


 そういえば、おばあちゃんの使い魔だったハーブ妖精を探して、妖精の秘宝を手に入れる約束をしたんだっけ。


 うーん、めんどうだなあ。何でそんな約束しちゃったんだろ。


 私は昨日のできごとを思い出した。


 何でも、おばあちゃんが残した妖精の秘宝っていうすごいお宝があって、そのありかはローズマリー以外の使い魔が知っているらしい。


 だけど、おばあちゃんが死んだ後、使い魔たちはバラバラになってしまい、ローズマリーにもその居場所は分からないのだとか。


 そこで、他の使い魔を探して欲しいってローズマリーにたのまれて、それを私は軽い気持ちで引き受けちゃったんだけど――。


「他の妖精の居場所の手がかりを得るためにはハーブの勉強が必要にゃん! 勉強するにゃん、あんず」


 ――正直、めんどくさいなあ。


 自慢じゃないけど、私、勉強って大キライ。

 だって教科書や本を読むだけで眠くなっちゃうんだもん。


 なんでこんなめんどくさいこと引き受けちゃったんだろ。

 

「勉強って何をするの」


 ポリポリと頭をかき、ねおき声を出す。


「まずは本を読んでハーブの事をもっと学ぶにゃん」


 ローズマリーはドサドサと本だなから分厚い本を何冊も落とした。


「あーもう、こんなに落として」


 こしをかがめて本を拾う私に向かって、ローズマリーはニヤリと笑った。


「これ、全部読むにゃん」


「えっ、マジ?」


「マジにゃん」


 マジにゃんって。私はローズマリーの落とした本をじっと見た。


 植物ずかんにハーブ辞典に、薬学、料理のレシピ本。分厚い本が三冊も。


 おばあちゃんのハーブ帳だけじゃダメなの!?


「使い魔を見つけるだけでしょ。どうしてそこまでしなくちゃいけないの?」


「使い魔を見つけるには、ハーブのことを知るのが一番にゃん。それにあんずは今、春休みで勉強する時間はたっぷりあるにゃん」


 まあ、確かに学校が始まればハーブどころじゃなくなるかもしれないけど。でも――。


「でもこんなにたくさん!」


 私がむくれていると、ローズマリーはやれやれとため息をついた。


「いいにゃんか、あんず。ハーブ妖精の力は、力のあるハーブ使いが使えばまるで魔法のように便利にゃん。だけど、使い方をあやまれば、キケンなものにもなりうるにゃん」


「キケン? ただの料理でしょ。おおげさな」


「おおげさじゃないにゃん。ハーブ使いの能力は強力にゃん。どんな薬草も使い方をあやまればどくになりうるにゃん」


 ローズマリーはマジメな顔をして私を見上げた。


「いいにゃんか、あんず、ハーブの力はきちんと容量と用法を守って、自分のためではなく、他人のために使うというのが重要にゃん。分かったにゃんか?」


「はいはい、分かった、分かった」


「あんず、まじめに――」


 ガラリ。


「あんずちゃん、あんずちゃーん!」


 私とローズマリーが話をしていると、おばさんがいきなり部屋のドアを開けてきた。


「アケミおばさん、どうしたの」


 私は手に持っていた植物学の本をベッドに投げ捨てた。


「じゃじゃーん、見て見て。今夜、お祭りがあるんだ。あんずちゃん、若葉わかば祭りって行ったこと無いでしょ。行ってみない?」


 おばさんが見せてきたのは、「若葉祭り」という手書きの文字と若草色の着物を着た女の人の絵がかかれたチラシだった。


「若葉祭り?」


 聞きなれない言葉に首をかしげていると、アケミおばさんが説明してくれる。


「春が来て植物の芽が生えたことを祝うお祭りのことだよ。みんなで豊作ほうさくをいのって、かがり火の周りでおどったり歌を歌ったりするんだ」


 春のお祭り? なんだかピンと来ないなあ。


「たき火の周りでおどるって、盆踊りみたいな感じなのかな」


「うん、そう。たこ焼きとか、わたあめの屋台も出てて、行ってみたら面白いと思うよ」


「屋台!?」


 何それ、面白そう!


 私、屋台の焼きそばや、たこ焼きが大好きなんだよね。少し高いけど、家で作るのとは全然違う味がするから。


 あーもう、考えただけでヨダレが出てきた。


「うん、面白そう。行ってみよう」


 なんだかすごく面白そう。春のおとずれと豊作を祈って行われる若葉祭り。一体どんなお祭りなんだろう。


 ワクワクしていると、ローズマリーがかたをすくめる。


「勉強も、ちゃんとするにゃんよ?」


「わ、わかってるって!」


 私は本の山に目をやった。


 でも――勉強が大切なのはよく分かったけど、息ぬきにお祭りに行くくらいいいよね?


 ***


 夜になり、夕ごはんを終えた私たちは、さっそく若葉祭りへと向かった。


 辺りはすっかり暗くなって、月明かりだけが曲がりくねった道を照らしている。

 フクロウがホーホーと鳴くほかには、音は全くしなくて、すごく静か。


 それまで住んでた街と全然ちがう。建物もないし、お店も、信号機すらほとんど無い。本当に静か所。


 こんな夜中に出かけるなんて、去年の花火大会の時以来。なんだかワクワクしちゃう。


 私がドキドキしながら暗い道を歩いていると、となりを歩いていたおばさんが道の先を指さす。


「ほら、見えてきたよ」


「わぁ」


 思わず声を上げる。おばあちゃんの家から山の方へ十分ほど歩くと、道の両側にランタンのボワッとした赤い明かりが見えてきた。


「すごい。キレイ」


 道の両側に並ぶ赤やオレンジの光。そのかすかな明かりの下には、たこ焼き屋やチョコバナナのお店がずらりと並んでいる。


「さすがにまだ寒いからかき氷屋さんはないね」


「あはは、そうだね」


 見ると、花や草を乾燥させたポプリやハーブティーを売ってる屋台もいくつかある。


「わあ、ハーブの屋台もあるんだ」


「うん、この島にはうちの他にもハーブ農家が何件かあるんだ。温暖で水もキレイだからハーブが育ちやすいんだって」


「そうなんだ」


 辺りをキョロキョロと見回していると、ツヤツヤと光る真っ赤なリンゴあめの屋台が目に飛び込んできた。


「あ、おばさん、リンゴあめ食べたい」


「いいよ、買ってあげる」


 おばさんがリンゴあめを買って私に渡してくれる。


「わあ、ありがとう」


 うん、久しぶりに食べたけど、甘くて美味しい!


 私がリンゴあめを食べていると、アケミおばさんはうれしそうにつぶやいた。


「そういえば、お姉ちゃんもリンゴあめが好きだったな。お母さん――あんずちゃんのおばあちゃんも、リンゴは特別な力を持つ果物なんだって言ってたし」


「特別な力?」


 そういえば、おばあちゃんのハーブ帳にもリンゴのページがあったような。


 昼間、ローズマリーに言われて勉強したことをチラリと思い出す。


「うん。リンゴっていうのは愛情をつかさどる果実と言われているんだって。西洋では、好きな相手にリンゴのお菓子を食べさせて、相手を好きにさせるっていうおまじないもあるらしいよ」


「へぇ、そうなんだ。面白い」


 愛情をつかさどる果実かぁ。まさかリンゴにそんな力があっただなんて。


 昔、お母さんに焼いてもらったアップルパイを思い出す。


 お母さんには、おばあちゃんみたいにフシギな力なんて無かったけど、お母さんの焼いたアップルパイは、確かになんとなくだけど暖かい味だったような気がする。それはリンゴが愛情のハーブだからなのかな。


「あ」


 そんな事を考えながら歩いていると、たこ焼き屋の黄色い屋台が見えてきた。


 たこ焼きだ! リンゴあめを買ってもらったばかりだけど、やっぱり屋台と言えばたこ焼きだよね。


「ねぇアケミおばさん、たこ焼きも買っていい?」


 かつおぶしのおどるホカホカのたこ焼きを指さし、ふり返る。


「――って、あれ?」


 ふり返ると、一緒にいたはずのアケミおばさんがいない。


 やだ、はぐれちゃった?


 私は必死で走り、アケミおばさんの姿を探した。


「アケミおばさん、アケミおばさん!」


 来た道を戻るもアケミおばさんの姿は見えない。


 それどころか、どんどん人気ひとけのない暗い道に入ってきてしまった。


「やだ、ここどこ?」


 まさか迷子まいご!?


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