第7話 入学式

 だけどそれから妖精は姿をあらわすことなく四月になり、私は中学生になった。


 今日は入学式。中学生になるだけでドキドキなのに、初めての土地で、小学校の時の友だちもいない。大丈夫かな。


「そんなに緊張きんちょうしなくて大丈夫。島の子供たちはみんないい子たちだから、きっとすぐ仲良くなれるよ」


 アケミおばさんが笑う。


「そうだといいんだけど」


 私はくるりと回り、自分の姿を鏡に映した。


 キレイなブルーのセーラー服は、夏の海みたいでとってもカワイイけど、実際に着てみると何だかブカブカ。

 でもこれは一番小さいサイズだから、これより小さいのは無いんだって。背が小さいのって、本当に不便。


「ねぇ、大きすぎて変じゃない?」


「似合ってるよ」


 本当かなあ。


 クスクス笑うおばさんに見送られ、私は家を出た。


 入学案内にのっていた地図をたよりに中学校への道を歩く。


 初めはまよったらどうしようと思っていたんだけど、家から出て少しすると、自分と同じようなセーラー服を着た子たちが見えたので、その後を着いて行くことにした。


 田んぼの広がるいなか道を十五分くらい歩くと、ようやく中学校が見えてきた。


「ふ、古い」


 思わず口に出す。

 島の中学校は、古い木造でクモの巣だらけ。まるでお化けやしきみたい。


「入学式が始まるので体育館に集まってください」


 先生に言われるがままに、クツをはきかえ、体育館に向かう。


「一年生はこっちです」


 声がして指示された場所に行くと、パイプイスが並んでいて、背もたれには生徒の名前が書いてあった。


 さっそく自分の名前を探して席につくと、となりに見覚えのある顔が見えた。


「あれっ、あなたは」


 長い黒のロングヘアー。すらりと高い身長に切れ長の目。屋台で会った子だ。


「えっと、ヒミコちゃん!」


「……どうも」


 ヒミコちゃんは、私をチラリと見ると、すぐにステージのほうへ視線を移してしまった。


 あいかわらずクールな子だなぁ。


「みなさん、お静かに。これから入学式を始めますので指示にしたがってください」


 男の人の声がして、ザワザワしていた体育館が静かになる。


「新入生、起立! 礼!」


 指示の通り立ち上がり、礼をする。


「次に、柏原かしわばら校長先生からのお言葉です」


 ステージ上に視線をやると現れたのは、少し小太りで出っ歯の、ニコニコと優しそうな男の先生だった。


「兄貴に聞いたんだけどさ、あの校長先生、カピバラ校長ってあだ名らしいぜ」


「へー、そうなんだ」


 そんな会話がどこからか聞こえてくる。


 カピバラ校長か。確かに、顔の形とか少し出っ歯なところとか、のんびりした感じがカピバラに似てるかも。


 そんなことを考えていると、カピバラ校長が私の事をじっと見つめているのに気づいた。


 えっ? 校長先生、なんで私のことを見てるの?


 私が校長先生を見つめ返すと、カピバラ校長はフイッと視線をそらした。


 ……気のせいかな。


 私は、コンサートで好きなアイドルと目が合ったと話していた友達の事を思い出した。


 きっとそれと同じだよね。校長先生は生徒みんなを見てるのに、私が勝手に目が合ったとカン違いしちゃったんだ。


「――というわけで、一年生のみなさん、大いに楽しみ、大いに学び、有意義ゆういぎな学生生活を送ってください」


 長い前歯をチラつかせながらカピバラ先生があいさつを終える。


 その後は、在校生によるあいさつだ。生徒会長だという、いかにも真面目そうなメガネに三つあみの女子があいさつを終える。


「次に、新入生代表・白樺しらかばカノン」


「はい」


 私のななめ前に座っていた男子が立ち上がる。


「きゃあ、カノンくんよ」

「代表に選ばれるなんて、さすがカノンくん」


 近くにいた女子たちがキャアキャアさわぐ。

 ふーん、あの子、カノンくんって言うんだ。なんだかすごく人気があるみたい。


 ステージに上がったカノンくんがマイクの前に立つ。


 少し茶色がかったサラサラの髪。大きな目に、スッと通った鼻すじ。まるでフランス人形みたい。


 もしかしてハーフなのかなぁ。こりゃ、モテるわ。


「――花乃島中学の学生として自覚を持ち、先ぱいたちと共にこの学校を盛り上げていきたいです。一年生A組白樺しらかばカノン」


 カノンくんは、緊張きんちょうした様子もなく、あいさつを終えると、スタスタとステージを下り、私のななめ前の席に座った。


 すごいなぁ。一度もかまないし、堂々としてるし、ほとんど原稿げんこうも見なかった。あの長いあいさつを全部暗記したのかな。さすがは学年代表。


 学年代表のカノンくんも同じクラスだし、ヒミコちゃんもいるし、なんだかすごいクラスになりそうだな。


 ***


 入学式が終わると、私たちは一年の教室へと移動した。


「ヒミコちゃん、同じクラスなんだね。ぐうぜん」


 となりを歩いていたヒミコちゃんに話しかける。


「一年生は二クラスしかないもの。二分の一の確率で同じクラスになるわ」


 相変わらずヒミコちゃんはそっけない。

 けれど、だまって歩いているのも何だか気まずいし、私はさらに話しかけた。


「あっ、あのっ、ヒミコちゃんってこの近くに――」


 私が別の話をふろうとしたところ、ヒミコちゃんは無表情に言った。


廊下ろうかは静かに歩くべきよ」


「そ、そうだよねー。あはは」


 仕方なく、私は無言のまま教室へと向かい、黒板に貼りだされた名簿めいぼをたよりに自分の席についた。


 身長が低いせいか、イスと机が何だかとっても高く感じる。


「新入生のみなさんおはようございます!」


 ガラリとドアが開いて若い男の先生が入ってくる。


 長い黒髪に丸いメガネ。黒いローブの下には同じく黒のチャイナ服みたいなのを着ている。何だか全然先生という感じがしない。


「わたしは担任のやなぎです。一年間よろしくお願いします!」


 柳先生があいさつをすると、まばらに拍手はくしゅが起こる。


「それではみなさんにも、一人づつ自己紹介をしてもらいましょうか」


 げげっ。


「花乃島小学校出身の相葉さなです。趣味しゅみは編み物で、家庭科部に入ろうと思います。よろしくお願いします」


「井ノ上真太郎です。花乃島小学校出身で、特技は野球です。よろしくお願いします」


 出席番号一番から順に自己紹介が始まる。

 そこで気づいたんだけど、私以外のほとんどが島の小学校の出身。しかもみんな趣味や特技を発表してる。


 どうしよう、私は趣味も特技もほとんど無いし、話すことが無いよ。


「次、新月あんずさん」


「は、はいっ」


 ど、どうしよう。


「え、えーっと、新月あんずです。今年からこの島で暮らすことになりました。あの、趣味は読書で――」


 頭の中におばあちゃんのハーブ帳が浮かぶ。


「特技は料理です。よろしくお願いします!」


 一息に言って席に座る。

 ふう、なんとか自己紹介を終えたぞ。


 私は額にういた汗をぬぐってホッとため息をついた。

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