第35話 変身大作戦

「うーん、分かんないなぁ」


 放課後、私たち四人は再び私の家に集まってカピバラ校長の正体について話し合った。


 だけど、それらしいハーブはあっても、全てこれだという決め手に欠けていた。


「おっ、これなんかどうだ。ひょろっと長くてネズミのしっぽみたいだし」


「カピバラにしっぽは無いよ」


 タケルくんとカノンくんが植物図鑑を見ながらあーだこーだ言い合う。


「あんずはどう思う?」


 ヒミコちゃんは動物図鑑のカピバラのページから顔を上げた。


「うーん」


 私の頭の中には、先ほどリリスちゃんたちから助けてくれたカピバラ先生の姿が思い浮かんだ。


「みんな、ネズミだとかカピバラだとかにこだわってるけど、それよりももっと、校長先生らしさから正体を考えたほうがいいんじゃないかなぁ」


「校長先生らしさって」


「うん。今日もカピバラ校長、リリスちゃんたちにからまれていたところを助けてくれたし、そういう内面が重要なんじゃないかなぁ」


「内面かぁ、難しいね」


 カノンくんがうでを組む。


「カピバラ校長の性格ねぇ」


 タケルくんが上を向いて考える。


「優しいとか、面白いとか、かわいいとか」


「かわいいは外見でしょ」


「内面もかわいいだろ!」


 言い合いをするタケルくんとヒミコちゃんの横で、カノンくんはじっと考えこむ。


「内面ね。でも僕ら、カピバラ先生とずっと一緒にいるわけでもないし、プライベートのことも全然知らないよね」


「確かに、カピバラ校長のプライベートってナゾだな」


「カピバラ校長って、ふだん何をしているのかしら」


 私たちは、全員でうーんと考えこんだ。


「そうだ、カピバラ校長の私生活をさぐってみよう」


 私が言うと、ヒミコちゃんはみけんにシワを寄せた。


「でも、どうやって」


「うん、このレシピを使ってみようと思って」


 私はハーブ帳を開いてみせた。


「これって、ブルーマロウのレシピ?」


「ブルーマロウのゼリーだって。美味うまそうだな」


 カノンくんとタケルくんがハーブ帳をのぞきこむ。そこには、あざやかなブルーとピンクのすずしげなゼリーのレシピがかかれていた。



「見て、これがブルーマロウだよ」


 私は三人の前でブルーマロウのハーブティーにお湯をそそいだ。


「わぁ、キレイな色だね」


 カノンくんができあがった青紫色のハーブティーに声を上げる。


「うん、それに見てて」


 次に私は、ブルーマロウのハーブティーにレモン汁を入れた。すると見る見るうちに、ハーブティーはキレイなうすピンク色になった。


 タケルくんが身を乗り出す。


「すげぇ、色が変わった」


「なるほど、酸性さんせいになることでリトマス紙みたいに色が変わるのね」


 さすがはヒミコちゃん。いたって冷静に分析。カノンくんも目をかがやかせた。


「へぇ、面白いね。キレイな色」


「今日はこのマロウブルーを使ってゼリーを作るよ」


 私は粉ゼラチンと砂糖を取り出し、今度はマロウブルーを冷水で水出しハーブティーにした。


 水出しにすることで、さっきよりもっとキレイな青色のハーブティーに仕上がるのだ。


 これに砂糖を加え、ゼラチンで固めると青色のカップゼリーが、レモン汁を入れて固めるとピンクのゼリーができあがる。


「できた」


 おばあちゃんのハーブ帳によると、ブルーマロウの能力は変身。青のゼリーで好きな物に変身でき、ピンクのゼリーを食べることで元に戻るのだという。


「これで校長先生のプライベートを探るよ!」


 ***


「あんず、行ったわよ」


「う、うん」


 カピバラ先生が校長室を出たのを確認したヒミコちゃんが手まねきする。


「カノンくん、準備は大丈夫?」


「うん、任せて」


 カノンくんがポケットから針金を取り出す。そして二、三回校長室のカギをガチャガチャと回したかと思うと、ものの数秒でドアを開けてしまった。


「みんな、入って」


 四人でコソコソと校長室の中に入る。


「すげーな、なんだかスパイみたいだ」


「しっ、これは遊びではないのよ」


 興奮した様子のタケルくんに向かって、ヒミコちゃんが人差し指を立てる。


「さて、校長室に忍び込んだのはいいけど、これからどうするの」


「うーん」


 カノンくんに聞かれ、キョロキョロと校長室を見わたす。何かカピバラ校長が身につけるものに変身できればいいんだけど。


「見ろよこれ」


 タケルくんが机の上の本を指さす。


「難しそうな本。カピバラ校長、こんな分厚い本読むのかよ」


「『カラマーゾフの兄弟』ね。いいシュミしてるわ」


「そういえば校長先生、ロシア文学が好きって言ってたっけ」


「へぇ、すごいなあ」


 こんなに難しそうなロシア文学を読むなんて、さすが校長先生!


「あんず、これなんかどう」


 ヒミコちゃんが指さしたのは、机の上に置かれた肩こり用の磁気じきネックレスだった。


「そういえば最近、カピバラ校長はこれを身につけてるかも」

 

 他の先生と、最近肩こりがヒドいって話しているのを聞いたことがある。


 タケルくんがキラキラした目でこちらを見つめる。


「よし、じゃあ早速、磁気ネックレスに変身してみてくれよ」


「そうだね、ネックレスを忘れたことに気づいて戻って来るかもしれないし」


「う、うん」


 私はカバンから青いゼリーを取り出すと、飲み干すように、のどに流しこんだ。


 青い光が私をつつむ。


「わっ」


「あんず!」

「あんずちゃん!?」


 見る見るうちに、視界が大きくなっていく。ううん、自分の姿がちぢんでいるんだ。


「す、すげぇ」


 タケルくんが私を持ち上げる。

 入口の鏡に目をやると、タケルくんが黒い磁気ネックレスを手に持っていた。


 すごい、本当に私、磁気ネックレスに変身したんだ!


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