第36話 カピバラ校長観察記

 ヒミコちゃん、タケルくん、カノンくんの三人が代わる代わる私を見つめる。


「上手くいったみたいね」


「そうだね。あとはあんずちゃんにまかせて、僕らは早く部屋を出よう。校長先生がもどってくるかも」


「そうだな。じゃあ、がんばれよ」


 タケルくんが私を校長先生の机の上に置く。


 その数分後に、ガチャリと校長室のドアが空いてカピバラ校長が入ってきた。


「ふぅ、あぶない。忘れてしまうところだったよ」


 カピバラ校長は迷いもせずに磁気ネックレス――つまり私を手に取ると首にかけた。


 あれっ、カピバラ校長、おまんじゅうとお茶のにおいがする。


 カピバラ校長ったら、おやつにおまんじゅう食べたな。


 ――って、そんなことより!


 それよりも今は、カピバラ校長の正体をさぐらなくちゃ。


 カピバラ校長のプライベート、気になるなぁ。校長先生はふだん、どんな生活を送ってるんだろう。


 年は? 家族は? 彼女はいるの?


 ワクワクしながら見守っていると、カピバラ校長は学校の中を見回り始めた。


「やぁ、みんな、元気にしてるかな」


 一年生の教室に立ちよるカピバラ校長。


「元気でーす」

「先生は?」


「先生も元気ですよ」


 生徒たちに向かって優しい笑みを見せるカピバラ校長。


「先生ーっ」


 そこへ一人の男子生徒がかけてきた。


「先生、この問題教えてください!」


 持ってきたのは数学のドリルだ。生徒が指さすのは、見るからに難しい問題。


 失礼だけど、カピバラ校長、こんな問題分かるの!?


「ああ、これはこの公式をここに当てはめるんだ」


 だけど私の心配をよそに、カピバラ校長はスラスラと問題を解いてみせる。


 そ、そっか。一応、カピバラ校長も学校の先生だもんね。


 大学も出たし、先生の免許めんきょも持ってるんだよね? たぶん……。


「ありがとうございました!」


 すると先生の周りにたくさんの生徒たちが集まってくる。


「先生、先生、次は僕にも教えて下さい!」

「校長先生! 私にもー!」


 さすがカピバラ校長。すごい人気だなぁ。


「はいはい、ちょっと待ってね」


 国語に数学、理科、社会。どんな教科でもスラスラと答えるカピバラ校長。す、すごい。


 そのうちチャイムが鳴ると、生徒たちはそれぞれの教室に帰っていき、カピバラ校長は校内の見回りを始めた。


 そういえば今日、私は欠席した事になってるんだよね。ヒミコちゃんやカノンくんが上手く先生に言いわけしてくれているといいけど。


 そんな事を考えていると、カピバラ校長は、職員玄関しょくいんげんかんから外に出てグラウンドのほうへ歩いていった。


 カピバラ校長は、たまに授業をしたりするけど、やっぱり校長先生だからか他の先生よりは授業の回数は少ないんだよね。


 カピバラ校長、私たちが授業を受けている間、一体何をしてるんだろう?


 私が疑問に思っていると校長先生は学校菜園の野菜やハーブをじっと観察しだした。


 カピバラ校長、こんな所で何してるんだろう。まさかとは思うけど、野菜のぬすみ食いなんかしないよね?


「にゃーお」


 じっと見つめていると、菜園の奥から一匹の三毛ミケネコがやってきた。


「よーしよしよし。かわいいねぇ」


 カピバラ校長が三毛ネコのあごをなでる。と、ネコちゃんはゴロゴロと気持ちよさそうにのどを鳴らした。


 すごーい。この猫、カピバラ校長になついてるんだ!


「バイバイ!」


 続いて、先生は正門のほうへとポテポテ歩いていく。


 戸じまりを確認し、ゴミを拾うと、カピバラ校長は池のコイにエサをやり始めた。


「たくさん食べるんだよー」


 なんだかすごくのどか。


 見上げると、太陽はポカポカで、いい天気。風も心地よく吹いている。何だか眠くなってきたなぁ。


「よっこらしょっと」


 するとカピバラ校長は、グラウンドわきの日当たりのいい芝生しばふにゴロリと横になった。


 えっ、まさか、ここでお昼寝するの!?


 おどろいていると、カピバラ校長はスヤスヤと寝息ねいきを立てて本当に眠ってしまった。


 な、なんて自由なの……。


「にゃーん」


 そこへやってきたのは、さっきのネコちゃんだ。

 ネコちゃんはカピバラ校長にスリスリとからだをこすりつけると、ピッタリとくっついて一緒にねむってしまった。


「ピピピ」


 ネコだけじゃない。今度はスズメがやってきて、カピバラ校長のお腹の上に止まるとスヤスヤと眠り始めた。


 すごい。カピバラ校長、いろんな動物に好かれてるんだ……。


「ハッ、もうこんな時間だ」


 お昼寝をしていたカピバラ校長が飛び起きる。


「授業の準備をしなくては」


 カピバラ校長は校長室に戻ると、急いで授業の道具を手に取り、三年生の教室へと向かった。


「みんな、席に着いて!」


 まるでお昼寝なんてしていなかったみたいに、すました顔で化学の授業をするカピバラ校長。


 なんだか難しい内容だなぁ。カピバラ校長の専門せんもんは化学じゃないはずなのに、こんなに難しい内容の授業までできるなんて、やっぱりカピバラ校長はすごいな。


 そんな事を考えながら、私はいつの間にか眠りについてしまった。





 ――あれっ?


 そして数時間後、私は校長室の机の上で目を覚ました。


 窓の外は、夕焼けで真っ赤になっている。


 ウソっ、今何時!?


 早くピンクのマロウゼリーを食べて元に戻らなきゃ。


 と、そこまで考えて私は気づいた。


 ネックレスの姿じゃ、ハーブゼリーを食べられない!


 一体どうしたらいいの!?

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