第41話 妖精の秘宝

 これってもしかして、幻覚げんかくをつかさどるハーブ妖精のしわざ?


 でも――幻覚を起こすハーブとひと口に言っても、その種類はたくさんあるし、一体何のハーブなんだろう。


 分からない。


 一体、どうしたらいいの!?


 ギュッと目をつぶった私は、初めてモモコおばあさんに会った時のことを思い出した。


 そういえば、あの時モモコおばあさんはハーブのたくさん生えた庭の手入れをしていた。


 このハーブは、きっとあの中にあるハーブのうちのどれかに違いない。


 思い出そう。モモコおばあさんの畑に何のハーブがあったのか。


 その時だ。私の頭の中に、モモコおばあさんの庭にある全てのハーブと、ハーブ帳の全てのページが鮮やかにうかんだのは。


 何これ。


 まるで動画を再生するみたいに、見たいページを頭の中で見ることができる!


 もしかしてこれが、知恵と記憶をつかさどるハーブ、ゴツコーラの力!?


「あった、これだ」


 頭の中でハーブ帳のページが光ってる。


 赤く光るハーブの名は――ホオズキ!


「ホオズキ!」


 私がさけぶと、赤いドラゴンの動きが止まった。

 モモコおばさんの目がおどろきのあまり見開かれる。


 ホオズキは、大きな実に対し中身は空洞くうどうが多いことから「いつわり」「ごまかし」という花言葉がついている。


 だとすると、このドラゴンも中身は空洞にちがいない。


「あなたはホオズキのハーブ妖精ね!」


 さけんだ瞬間、真っ赤な光が当たりをつつむ。


 そして気がつくと、赤いドラゴンの姿は跡形あとかたもなくかき消えていた。


「ば、バカな」


 モモコおばあさんが地面にがっくりとひざをつく。そして肩を落とすと、小さな声でうめくようにつぶやいた。


「まさかこんな小娘に負けるなんて。私も年かね」


「聞いて、モモコおばあさん。『妖精の秘宝』なんて、元々ここには無かったんだよ」


 私はさっき小屋で見たものや思い出したことをモモコおばあさんに話して聞かせた。


「そ、そんな。『妖精の秘宝』がただの喫茶店きっさてんだっただなんて」


 モモコおばあさんは、ガックリと背中を丸め、うなだれた。


 ***


「これここでいいですかー!」


 晴れた空。『カフェ・妖精の秘宝』と書かれた看板かんばんを手にしているのはタケルくんだ。


「そこに置いておいて」


 お店の見取り図を見ながらアケミおばさんが答える。


 あれからアケミおばさんにこの小屋の事を話したところ、おばさんはぜひカフェ・妖精の秘宝をオープンさせようと言ってくれたのだ。


 そこで私たちは小屋を掃除したり、必要なハーブをそろえたり、メニューを考えたりとオープンに向けてみんなで協力して働いている。


 ヒミコちゃんにタケルくん――そしてカノンくんも一緒に。


「あんずちゃん、本当に僕のことを許してくれるの?」


 カノンくんがおそるおそる聞いてくる。

 私は力強くうなずいた。


「うん。だってカノンくん、モモコおばあさんに言われて仕方なくだったんでしょ。それに私のことを助けてくれたし」


 モモコおばあさんのドラゴンにおそわれた時、カノンくんは私をかばってくれた。


 ロープでしばり付ける時だって、わざとぬけ出しやすいように、ゆるくしばっていたことに私は気づいていた。


 カノンくんは、やっぱりいい人。少なくとも、私はそう思う。


 ヒミコちゃんはあきれたように肩をすくめる。


「全くあんずったら甘いんだから」


 カノンくんは苦笑いをした。


「ヒミコちゃんに認められるようにがんばって働くよ」


 ヒミコちゃんは冷たくそっぽを向くと、小声でささやいた。


「フン。まあ、白樺カノンは百歩ゆずって良いにしても、モモコおばあさんはなんでここにいるの?」


「それは――」


 私はカウンターの中をチラリと見た。

 アケミおばさんと楽しそうに笑っているのはモモコおばあさんだ。


 そう、カノンくんだけじゃない。モモコおばあさんもこのカフェで働く予定なのだ。


 私は声をひそめた。


「だって仕方ないじゃん。カフェで働くアルバイトの求人を出したら、応募おうぼしてきたのがモモコおばあさんだけだったんだから」


 それを事情を知らないアケミおばさんが勝手にやとってしまった、というわけ。


「ま、まあ、良いんじゃない。ハーブにはくわしいだろうし」


 ヒミコちゃんが悪い顔をする。


「しかたないわね。こうなったら、とことんこき使ってやるしかないわね。たくさん働かせて売上にこうけんしてもらうんだから」


「ひ、ヒミコちゃん」


「フン、あんたたち、何の話をしているんだい」


 私たちがヒソヒソ話をしていると、いつの間にかモモコおばあさんが後ろに立っていた。


「ひゃっ!」

「うわっ!」


 モモコおばあさんはおどろいた顔の私たちをフンと鼻で笑った。


「ふふん、なぜ私がここで働くことになったのかフシギな顔だね。それはね、私はまだあきらめていないからさ。きっと妖精の秘宝はここにあるにちがいない。それをここで働きながら探してやるんだからね」


「そ、そう、がんばってね」


 私は苦笑いをした。


「全く、秘宝なんてありはしないのにねぇ」


「いいえ、あるわ」


 ヒミコちゃんが真面目な顔をする。


「だって私、楽しいもの。このお店が開店して、色んな人が集まって、ハーブ料理を楽しむ姿を想像すると。それって、れっきとしたお宝じゃない?」


 私はうなずいた。


「うん、そうだね」


 おばあちゃんの秘宝がなければ、私はハーブのことも、妖精のことも、お料理のこともを全然知らなかったし、ヒミコちゃんとも仲良くなれなかったかもしれない。ここに来て楽しいことがたくさんあった。


 それって、りっぱな宝物だよね。


 顔を上げると、古ぼけた窓から太陽の光がキラキラとふりそそぎ、『妖精の秘宝』をあたたかく照らしていた。


【完】

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あんずと秘密のハーブ帳 深水えいな @einatu

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