第40話 秘宝の正体

「さてと、そうと決まればこっちに来るといい」


 カピバラ校長は校長室の奥に私たちを案内すると、本だなの前で立ち止まり、そこにあった赤い本をグッと押した。

 

 ゴゴゴゴ。


 本だなは低い音を立てて動くと、奥からかくし部屋が現れた。


「ここって」


 私たちの目の前に現れたのは、小さなキッチンだった。


「すげぇ、校長室にこんなかくし部屋があるなんて」


 タケルくんがうれしそうに目をかがやかせる。


 本当に。まるで秘密基地ひみつきちみたいでワクワクしちゃう。


「すごい、ハーブもこんなに」


 ヒミコちゃんも戸だなにずらりと並んだハーブを見て目を丸くする。


「こんな時のために校長室に調理部屋を作っておいたカピ。今こそ料理の力を生かすべきカピ」


「は、はい」


 カピバラ校長に言われ、ハーブ帳を開く。


「えっと、ゴツコーラのハーブは、っと」


 そこには、高ぶった神経しんけいを落ちつかせ、のうのはたらきを高めるというゴツコーラのレシピが記されていた。


「先生、冷蔵庫の中を見てもいいですか?」


「もちろんさ」


 冷蔵庫を開けると、牛乳や玉子、納豆、バター、それにココナッツミルクが入っていた。


 次に野菜室を開けると、ピーマン、にんじんにトマト、キュウリとたくさんの野菜が入っていた。


 私はココナッツミルクを手に取った。


「うーん、サラダもいいけど、せっかくココナッツミルクがあるし、ゴツコーラのスープでも作ってみようかな」


 私は、スリランカの人が毎日のように飲んでいるという、ゴツコーラのスープを作ってみる事にした。


 材料はゴツコーラとココナッツミルク、生姜とニンニク、それからお米。


 作り方は、材料をミキサーで粉々にし、調味料を入れておナベで煮こむという簡単なもの。


「お米を入れるなんて、お粥みたいね」


「色は青汁みたいだぜ」


 ヒミコちゃんとタケルくんが代わる代わるおナベをのぞきこむ。


 確かに、出来上がった緑のスープはとてもじゃないけど美味しそうに見えない。


 私はゴクリとツバを飲み込んだ。


「まぁ、とりあえずいただきましょ。飲まないことには白樺カノンたちには対処たいしょできないわ」


「う、うん」


「そうだな」


 私たちは、意を決してゴツコーラスープを飲んでみることにした。


「せーので飲みましょう」


「うん」


「せーの!」


 ――ゴクリ。


「……うん」


 ヒミコちゃんがうなずく。


「意外と飲みやすいな」


 タケルくんがペロリと舌を出す。


「そんなにクセのないハーブだね」


「でも何も起きないわ」


 確かに、スープを飲んだにも関わらず、体にはこれと言って変化は起きていない。


 どうしよう。こんなんじゃ、あのおばあさんに勝てないよ。


「ま、こうしていても仕方ないし、とりあえずもう一度秘宝を探しに行ってみようぜ」


 タケルくんが窓の外に視線をやる。

 私は弱気になりながらもうなずいた。


「うん」


「そうね。効果があらわれるまで時間がかかるのかもしれないし」


 こうして、ゴツコーラのスープを飲んだ私たちは、再び裏山へと向かったのだった。



 ***



「光の指していたのはこの辺りだな」


 先頭を走っていたタケルくんが立ち止まる。


「ここって」


 私たちの目の前には、ボロい小さな小屋があるだけだった。


「裏山にこんな小屋があるだなんて知らなかったわ」


「とにかく入ってみようぜ」


 タケルくんを先頭に小屋の中に入る。


 ギィ……。


 中はうす暗くてほこりっぽい。


「どうやらあいつは居ないようね」


 ヒミコちゃんがささやく。


「そうだね、どこに行ったんだろう」


「とりあえず中を探してみようぜ」


「うん」


 小屋はせまいけど、中は台所やイス、テーブルなどがきちんとそろっている。


「ここで暮らすつもりだったのかしら」


「ふもとに家があるのに?」


 とりあえず小屋の中を色々と探してみる。

 台所にはおナベやフライパン、可愛らしい食器、コップなど様々なものがそろっている。


「なあ、これ」


 タケルくんが声を上げる。

 見ると一枚の紙をヒラヒラとさせている。


「それ、何?」


 ヒミコちゃんと二人でのび上がる。


「分かんねーけど、何かの設計図せっけいずみたいだな」


 紙には、この小屋の見取り図やインテリアの配置が細かく書かれていた。


「ねえ、これ――」


 ヒミコちゃんが指さす。そこには『カフェ・妖精の秘宝』と書かれている。


「カフェ? ここ、喫茶店きっさてんなのか?」


 タケルくんが首をかしげる。


「それよりも『妖精の秘宝』ってどういうことだろ。まさか――」


「そのまさかじゃない? が妖精の秘宝ってことよ」


「えっ?」


 ってことは、妖精の秘宝は妖精のお宝なんかじゃなくて、この建物のことを指していたの?


 私の頭の中に、島に着いたばかりの時、アケミおばさんに言われた一言がよみがえってくる。


 “おばあちゃんはこの島に自分で育てたハーブを使ったカフェを開くのが夢だと言っていたんだ”


 そっか、ここがそうなんだ。


 胸の中があたたかくなる。


「そっか、おばあちゃんはここにカフェを開くつもりでこっそり準備をしていたんだ」


 私は設計図をそっと持ち上げた。そこには、おばあちゃんの愛と夢がつまっている気がした。


 年をとっても、おばあちゃんになっても、私のおばあちゃんは夢や将来の目標を捨てなかったんだ。ひそかな将来の夢。それが秘宝の正体だったんだ。


「どういうことだい。どこにもお宝なんかないじゃないか!」


 私が物思いにひたっていると、どこからかどなり声が聞こえてきた。


「モモコおばあさんの声だ」


「外からだわ」


 急いで小屋の外へと向かうと、そこにはカノンくんとモモコさんがいた。


「待ってください、もしかしてこの庭にお宝が埋まってるかも」


「早くみつけるんだよ! あいつらが来る前に秘宝を何としてでも――」


 私は思わずさけんだ。


「ううん、ちがうの!」


 ヒミコちゃんとタケルくんもさけぶ。


「ここには元々宝なんてないのよ!」

「そうだぜカノン。目を覚ませ!」


 カノンくんがゆっくりとこちらを向く。


「一体どういうこと? あんずちゃん」


 私はゴクリとツバを飲み込んだ。


「二人とも、聞いて。実は妖精の秘宝というのはここに開く予定だったカフェのことなの」


 二人に先ほどの見取り図を見せる。


「ここはおばあちゃんの最後の夢で大事な宝だったの。だけどあなたが思うようなお宝はここにはないんだよ」


 話を聞くなり、モモコおばあさんは目をつり上げる。


「そんなバカな。私をだまそうったってそうはいかないよ!」

 

 モモコおばあさんがうでをふると、再びレッドドラゴンが現れた。


「やっておしまいっ」


 レッドドラゴンは大きく息をすい込み、真っ赤な炎をはいた。


「きゃあ」


 思わず目をつぶる。


「あんず!」

「あんず、大丈夫!?」


 タケルくんとヒミコちゃんの心配そうな声。だけど――


「あれ、熱くない」


 私は目をぱちくりさせた。さっきからドラゴンの炎をまともに浴びているはずなのに、全く熱くない。


「もしかしてこれ――幻覚げんかく?」


 あのおばあさんもハーブ妖精の力を使うのだとしたら、もしかしてこれって幻覚をつかさどるハーブ妖精のしわざ?

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