第39話 二人目のハーブ使い

「あれって、野菜ジュース屋さんのモモコおばあさんだよな」


 タケルくんも困惑こんわくしたの表情をうかべる。


「きっとカノンくんはあの女のスパイだったんだわ。あんずに近づいたのも、秘宝を手に入れるためだったのかも」


 ヒミコちゃんはギリギリと歯を食いしばると、おフダを手に飛び出した。


「ヒミコちゃん!」


「これはどういうことなの、白樺カノン!」


 カノンくんは少しおどろいたように目を見開いたあと、いつものすずしげな顔にもどり、少しほほえんだ。


「どうって?」


「ふざけないで。あなたはスパイなの? なんで私たちにだまってこんな所に来てるのよ」


「そうだよカノン、説明しろよ」


 問いつめる私たち。カノンくんはちいさく息をすうと、ゆっくりと話し始めた。


「この人、モモコさんは僕のおばあさんなんだよ。そして――」


 カノンくんが真っ直ぐに私を見つめる。


「妖精の秘宝の正統せいとう後継者こうけいしゃだ」


 ええっ? それって、どういうこと!?


「この人――モモコおばあちゃんはね、ウメコおばあさんの妹なんだよ」


「えっ」


 私はモモコおばあさんの顔を見た。深いシワがきざまれたその顔は、確かに写真で見たおばあちゃんの顔に少し似ているような気がした。


「モモコさんはウメコさんにおとらない力の持ち主だった。とうぜん妖精の秘宝も使い魔も、モモコさんが受けつぐべきだったんだ。だけど――」


「私がそれを手に入れるのが気に入らないんだね」


 モモコおばあちゃんはいつもの優しげな顔をゆがませてフンと笑った。


「秘宝を手にするのにはもっとふさわしい人がいるということさ」


 モモコおばあさんが木のつえを手に前へ出る。


「いでよ、レッドドラゴン!」


 モモコおばあさんが呼び出したのは、首の三本ある真っ赤なドラゴンだった。


「あれは――ハーブ妖精!?」


 まさかあのおばあさんもハーブ妖精の力を使えるなんて!


「妖精の秘宝は私のものだ。ここから先は通さないよ」


『ガアッ!』


 モモコおばあさんが手をふると、赤いドラゴンは大きく口を開けた。


「あんず、あぶない!」


 ゴオッ!


 三つの口から炎がふき出す。


「きゃあっ」

「うわっ」


 私たちはなんとかそれをかわした。


「くっ――」


 ヒミコちゃんが胸元からおフダを取り出す。


悪霊退散あくりょうたいさん!」


 だけど――


「やっておしまい!」


 モモコおばあさんが手を上げると、再びドラゴンは炎をはき、ヒミコちゃんのおフダを焼き切ってしまった。


「なんてこと」


 ヒミコちゃんがゴクリとツバを飲みこむ。


「ど、どうしよう」


 妖精の秘宝はあきらめたほうがいいのかな。でもローズマリーとの約束だし、せっかくヒミコちゃんやタケルくんと協力してここまで来たのに。


 それに――おばあちゃんの残した大切な秘宝を悪い人に利用されたら大変!

 

「だめ、あなたには秘宝はわたさない」

 

 私がめいっぱいの声で叫ぶと、モモコおばあさんは顔をしかめた。


「ふんっ、こしゃくな」


 モモコおばあさんがこちらへ大きく手をかざす。


「やっておしまい、レッドドラゴン!」


 レッドドラゴンの口が開き、今までになく大きな炎が私をおそった。


「きゃあああっ!」


 真っ赤な炎が私をおそう。思わず目をつぶる。が――


 ドン。


 だれかに地面におしたおされる。炎は私の頭の上を通り過ぎていった。


 おそるおそる目を開けると、目の前にいたのはカノンくんだった。


「カノンくん!?」


「カノン、お前、うらぎる気かい」


 モモコおばさんが目をつり上げる。

 カノンくんは困ったように苦笑いをした。


「子供相手にこんなに力を出す必要も無いでしょう。ちょっとおどすだけで十分なはずです」


「フン、相変わらず甘っちょろいやつだ」


「僕に任せてください」


 カノンくんはカバンからロープを取り出すと、あれよあれよという間に、私とヒミコちゃん、タケルくんの体をしばりあげてしまった。


「さ、これでいいでしょう。先を急ぎましょう」


 モモコおばあさんはフンと鼻を鳴らすと、バサリと黒いローブをひるがえした。


「しょうがないね。行くよ!」


 私は去っていく二人の後ろ姿を見つめた。


 カノンくん私たちを助けてくれたの?


「あんず、大丈夫よ」


 横でヒミコちゃんがささやく。

 見ると、ヒミコちゃんがかくし持っていたナイフでロープを切っている所だった。


「ありがとう、ヒミコちゃん」

「助かったぜ。用意が良いんだな」


 ヒミコちゃんはフンと鼻を鳴らした。


「当然の装備だわ」


 ヒミコちゃん、いつもこんなもの持ち歩いてるんだろうか。


「それにしても、モモコおばあさんもハーブ妖精の力を使えるなんて」


「きっとあの野菜ジュースにも、妖精の力が使われていたんだわ。でなきゃあんなにまずいのに毎回飲みたくなるわけがないもの」


 ヒミコちゃんがギリリと奥歯をかむ。

 なるほど、モモコおばあさんは妖精の力を使って、店にお客さんを集めてたんだ。


「でもどうしよう、このままだとモモコおばあさんに先をこされちゃう」


 弱気になる私の肩に、ローズマリーがどこかから現れて飛びのった。


「あんず、ここは一度引いて、ハーブ料理を作って対抗たいこうするにゃん」


 ハーブ料理を?


「一度引いて料理を? で、でも、何を作れば」


「それはこれから考えるにゃん」


 しれっとした声で言うローズマリー。全く、適当なんだから。


「おい、料理なんて作りにもどったらあいつらに先をこされちまうぜ」


 タケルくんが顔をしかめる。


「秘宝のことなら大丈夫にゃん。あれは正当な後継者でもないモモコにはそう簡単に見つからないにゃん」


「そうかな」


 ならいいけど――。


 結局、私たちは学校に戻って体勢を立て直すことにした。


「おや、新月さん、どうしたんだ。妖精の秘宝は見つかったのかい」


 カピバラ先生がもどってきた私たちを見てフシギそうな顔をする。


「実は――かくかくしかじかで」


 話を聞き終わったカピバラ校長は、フムフムとうなずくと、戸だなからハーブの入ったビンを取りだした。


「そうか。では、このハーブを使うといい」


 ビンに入ったハーブからは、かぎなれたにおいがする。


 これ、もしかしてゴツコーラのハーブ?


「ハーブの力にはハーブの力で対抗するんだよ」


 カピバラ校長が私に向かってウインクする。


「はい」


 私は力強くうなずいた。

 そうだ。私にできることは一つだけ。


 ハーブ料理を作ろう。


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