3.成長のカプレーゼ

第11話 秘密のハーブガーデン

「おはよう、あんず。起きるにゃーん」


 ベッドで寝ている私に向かって、天井から白ネコがふって来た。


「うわぁあっ」


 顔にずっしりとした重み。思わずガバリと飛び起きた。


「朝?」


 時計を見ると、朝の六時。学校に行くにはまだ早い。


「もう、まだ早いじゃん。もうちょっと寝かせてよ」


 ぶつくさ文句を言うと、ローズマリーは目を三日月みたいに細めてニヤリと笑った。


「早寝早起きは生活の基本にゃん」


 だからって早すぎるよ!

 

 ローズマリーにムリヤリ起こされた私は、リビングに行ってアケミおばさんに声をかけた。


「おはよう、アケミおばさん」


 しーん。


「あれ、おかしいな」


 おばさん、いつもなら起きてる時間のはずなのに返事がない。リビングにいないってことは台所かな。


「アケミおばさん」


 台所をのぞきこんだけど、おばさんの姿はどこにも見えない。


「どこに行ったんだろう」


「にゃ」


 ローズマリーがひくっと鼻を動かす。


「もしかして外のハーブガーデンかもしれないにゃん」


「外?」


 フサフサのしっぽをゆらしながら、ローズマリーは台所の横の勝手口を通り外へ出ていく。


「あっ、待ってよローズマリー」


 急いでサンダルをはくと、ローズマリーの後を追って裏庭うらにわに出た。


「わぁ」


 家の裏には一面に緑の畑が広がっていて、おばさんはそこで花柄のエプロンをつけて野菜の収穫をしていた。


「あら、あんずちゃん」


 アケミおばさんが野菜の入ったカゴを手に立ち上がる。


「ずいぶん朝早いんだね。まだ寝ててもいいのに」


「うん、何だか早く目が覚めちゃって」


「ちょっと待ってて、今朝ごはん作るから」


「うん」


 私は畑を見回すと、ローズマリーに耳打ちをした。


「ねぇ、ここ、おばあちゃんの畑だったんだよね。こんなに広い畑をどうやって管理してたのかな」


「ウメコは畑仕事にも使い魔を使ってたにゃん」


「そうなんだ」


 使い魔を使って広大な畑を耕しているおばあちゃんの姿を思いうかべる。何だかすごくフシギな感じ。


 でもアケミおばさんには使い魔はいないから、農作業も大変だろうな。


 アケミおばさんの背中に声をかける。


「ねぇ、私も何か畑仕事手伝おうか? ほら、この畑なんて雑草だらけだし、草むしりとかどうかな」


 おばさんはふふふ、と笑った。


「大丈夫。ここに生えてるシロツメクサはコンパニオンプランツだから抜かなくていいの」


「コンパニオンプランツ?」


「うん。畑の近くに植えておくと、虫が畑の野菜じゃなくてクローバーについてくれるから、虫が少なくなるんだって」


 おばさんによると、そういう他の植物に良い働きをする草を、コンパニオンプランツと言うらしい。


「へぇ、そうなんだ」


 こんな雑草みたいな小さな植物にも、そんな役割があるなんてびっくり。


「それに私には自分とあんずちゃんが食べていけるだけの野菜さえあれば十分だから、そんなに広い畑も必要無いの」


「そうなんだ」


 こんなに広い土地があるから、もったいないような気もするけど、畑仕事をするのも大変だもんね。


「でもどうしても手伝いたいって言うなら――」


 アケミおばさんがキョロキョロと辺りを見回す。


「それじゃあ、あんずちゃんにはトマトの収穫を手伝ってもらおうかな」


「うん!」


 私はおばさんに言われ、トマトの収穫を手伝うことにした。


「わぁ、美味しそうなトマト」


 ツヤツヤと光るトマトを太陽にかかげる。真っ赤に熟れてて、かぶりついたら美味しいだろうな。


「それからこっちがトマトにリーフレタス、それからアスパラもあるよ」


「すごい。こんなにたくさん」


 私とアケミおばさんは、ひとしきり収穫を終えると、採れたての野菜を使った朝ごはんを食べた。


 新鮮な野菜のサラダに、裏で飼ってるニワトリの卵を使った目玉焼き、具だくさんのおみそしる。


 どれも新鮮で、町で食べるご飯とは比べ物にならないほど美味しい。


 採れたての野菜や魚、美味しいご飯を食べられるって幸せだな。


 ***



「それではみなさん、今日の体育は体力測定をするので校庭に移動して下さい」


 カピバラ校長ののんきな声がひびく。


 今日はカピバラ校長による体育の授業だ。


 今まで通っていた町の小学校の校長先生は授業なんかしなかったけど、花乃島中学校は先生の数が足りないらしく、校長先生も時々こうして授業をするんだって。


 私は大きな前歯のぬぼっとした顔をぼんやりと見つめていた。


「せんせーい」


「ん、何かな」


「見て見て、あそこ、ネコがいる」

「本当だ、ネコちゃんだ!」

「うわー、変わってるネコ」


 クラスメートたちがザワザワし始める。

 ネコちゃん? どこにいるんだろう。学校に来るなんて珍しいな。


「おや、本当だ。どこから来たのかな?」


 カピバラ校長がひょいと白ネコをだき上げる。その特徴的とくちょうてきなオッドアイ見て、私は思わずさけびだしてしまった。


「ロ、ローズマリー!?」


 なんでローズマリーが校庭にいるの!


「おや、新月さんのネコかい」


「は、はい、うちで飼ってるネコです」


 私はあわててローズマリーを抱き上げた。


「ローズマリー、ダメでしょ」


「だってヒマだったにゃーん」


 ぺろぺろと前足をなめるローズマリー。

 全くもう。


「大人しく家に居てよね、もう」


「えー、つまらないにゃん」


「そんなこと言っても、ローズマリーが来ると大さわぎになるんだから」


 私はローズマリーをグラウンドのはしに放した。


「ふう」


 全く、学校にまでついてこないでよね。


 ローズマリーを放し、ホッと息をはいていると、カピバラ校長がグラウンドに白線を引いて生徒たちを集めだした。


「それでは100m走のタイムを測るので、出席番号順に並んで走ってください」


 先生に言われ、出席番号一番の子から順番に走ることとなった。


 やだなぁ。百メートル走って苦手なんだよね。どうしてもスタートで出おくれちゃうし。


「新月さんちのネコって変わったネコだね」


 体育座りで順番を待っていると、カノンくんから声をかけられる。


「そ、そうなの。生まれつき左右で目の色がちがうみたい」


 しどろもどろになりながら答えていると、クラスメイトの女の子たちにジロリとにらまれる。こ、怖い……。


 私はさり気なくカノンくんから離れた。


「次のグループの人たち、どうぞ」


「は、はいっ」


 そうこうしている間に、私の走る番がやってきてしまう。


「位置について、よーい――ドン!」


 ていっ。


 私は合図と共に全速力で走った。だけど結果は五人中四位。まあ、ビリじゃなかっただけまだマシかな。


 息を切らしながら元いた場所に戻ると、ちょうどヒミコちゃんの走る番だった。


 ヒミコちゃんはポニーテールにした長い髪をなびかせ、さっそうと走り切った。順位はもちろん一位。


 すごいなぁ。ヒミコちゃんって背も高いし、足の長さからして違うもんね。


 私はヒミコちゃんのモデルのようにスラリとした足を見つめた。


 はぁ、私もヒミコちゃんみたいに足が長かったらな。


 キーン、コーン、カーン。


 授業の終わるチャイムの音。

 ヒミコちゃんが私のうでを引いた。


「あんず、帰りましょう」


「うん。でも私、今日、日直だから」


 横をチラリと見ると、私と同じく日直のタケルくんがうでを組んでため息をついた。


「そうそう。めんどうだけど、片付けをして帰らないとな」


 ヒミコちゃんはタケルくんをチラリと見ると、ポニーテールをほどいた。


「そう、なら手伝うわ」


 タケルくんはビックリしたように目を見開いた。


「お、おう」


「ありがとう」


 タケルくんが小声でささやく。


「おい、どういう風のふき回しだ?」


「うーん、どうしてだろうねぇ」


 私が苦笑いしていると、今度はカノンくんがやってきた。


「三人で後片付け? えらいね。僕も手伝うよ、学級委員長だしね」


「助かるぜ」

「ありがとう」


 良かった。四人ならすぐに片付けも終わるかも。


 期待通り、授業の片付けはスムーズに終わり、私たち四人は教室に帰ろうと歩きだした。その時だ。


「キャーッ」

「は、畑がーっ!」


 どこからか、女子のさけび声が聞こえてきて、私たちは飛び上がった。


 な、何!?


 何が起こったの!?

 私とヒミコちゃんは顔を見合わせた。


 

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