第10話 魔女のダンス
私はヒミコちゃんが見せたとつぜんの涙にドギマギしてしまう。
「魔法なんか使ってないよ。たまたまおばあちゃんのハーブ帳にのってたレシピを作ってみただけで」
とまどっていると、ローズマリーが足元にやってきた。
「これがウメコのハーブレシピの力にゃん」
「これが? ただ料理を食べただけよ」
フシギそうにするヒミコちゃんに、私はしどろもどろになりながら説明をした。
「えっと、リンゴっていうのは愛情をつかさどるハーブなの。このアップルパイは、その力を利用した『なつかしのアップルパイ』っていうレシピで――」
こんな説明で伝わったかな?
チラリとヒミコちゃんのほうを見ると、ヒミコちゃんはすぐに
「なるほど、ハーブ料理の力がどういうものなのか、なんとなくだけど分かったわ」
本当? すごいな、ヒミコちゃん。
ヒミコちゃんは黒いレースのハンカチで口をぬぐうとスッと立ち上がった。
「それじゃあ、今日は美味しかったわ」
ええっ、ヒミコちゃんたらもう帰っちゃうの? まだお昼だし、これから二人でたくさん遊べると思ってたのに!
「あらあら、もう帰っちゃうの?」
台所から食後のお茶を持ったアケミおばさんがやってくる。
「はい。用もすんだので」
「そう。それなら、せっかくだし、あんずちゃんにこの島を案内してもらえないかな。この家の周りだけでいいの」
ヒミコちゃんは、少しだけとまどった後、コクンとうなずいた。
「アケミさんがそう言うなら」
「いいの?」
「ええ。早く行きましょう」
「う、うん」
二人で家の外に出る。見上げると、空が青く高くすきとおっていた。
「行ってらっしゃ~い」
アケミおばさんが手をふって見送る中、私とヒミコちゃんは、二人ならんで歩きだした。
***
「学校への行き方はもう分かったのよね?」
ヒミコちゃんは長い
「う、うん。でも通学路以外の道はぜんぜん分からなくて」
「そう。じゃあ、私のオススメの場所に連れて行ってあげるわ」
「本当?」
ヒミコちゃんのおすすめの場所って、どんなところだろう。
ずんずん歩いていくヒミコちゃんの後を追い小走りになる。
「ま、待ってよ!」
息を切らしながらさけぶと、ヒミコちゃんはふり返り、すこし困ったような顔をした。
「あらごめんなさい。私、あまり人と歩いたことがないの」
ヒミコちゃんは私の歩くペースに合わせてゆっくりと歩き、キレイなお花畑や牛のたくさんいる牧場なんかを案内してくれた。
そして気がつくと、太陽はずいぶんと落ち、空がオレンジ色に染まっていた。
「いつの間にか夕方になってしまったわね。次で最後にしましょう」
「うん」
ヒミコちゃんが最後に案内してくれたのは、小さな古い小屋のような建物だった。
「ここよ」
「ここって――」
古ぼけた木の
「野菜ジュースのお店?」
私は口をポカンと空けた。野菜ジュースが好きだなんて意外だな。
「野菜だけじゃなくて、果物のジュースやハーブティーも売ってるわ。でも私のオススメはだんぜん、スペシャル野菜ブレンドジュースよ」
「へー、そうなんだ」
ヒミコちゃんが店先でさけぶ。
「すみません」
返事はない。ヒミコちゃんと店の中をのぞきこむけど、中に人の気配は無い。
「こっちよ」
ヒミコちゃんが店の横に回り込む。すると、小柄で可愛らしいおばあさんが畑仕事をしているところだった。
「すみません、野菜ジュース欲しいんですけど」
おばあさんはハーブをつむ手を止めると、畑のわきにある水道で手を洗い始めた。
「あら、ヒミコちゃん、いらっしゃい。ちょっと待ってね」
おばあさんはエプロンで手を拭くと、私にチラリと目をやり、ニッコリと笑った。
「おや、見なれない子だね。ヒミコちゃんの友達かい」
「は、はい。友達です」
私が答えると、ヒミコちゃんは少しはずかしそうに目線をそらした。
「アケミさんのところの
「あらそう、島の外から来たの?」
おばあさんはニコニコと感じの良さそうな笑顔を私に向ける。
「は、はい。最近引っこしてきて」
「あらそう。お友達が出来て良かったわね」
私はオレンジジュースを、ヒミコちゃんは、スペシャル野菜ブレンドという青汁みたいな緑のジュースをたのむと店を出た。
「お店の中で飲まないの?」
「店の中よりもっといい場所があるわ。こっちよ」
私はヒミコちゃんの後について、はまなすの丘、という家の裏にある小さな丘を登った。
「わあ、キレイ!」
丘の上からは島の景色と、海に溶けていく夕日が見えた。
わあ、見晴らしのいい場所だなあ。確かに、ここでジュースを飲んだら気持ちいいかも。
ヒミコちゃんはゴクゴクと野菜ジュースを飲みほす。
「うーん、まずい! でもこれがクセになるのよね、もう一杯飲みたいわ」
まずいのにもう一杯飲みたいだなんて、ヒミコちゃんってやっぱり変わった子だな。
もしかして、私のオレンジジュースも不味いかも。ビクビクしながらオレンジジュースに口をつけると、オレンジジュースはごく普通の味だった。
「うん、オレンジジュースは美味しい」
私がホッとしていると、赤い夕日に照らされたヒミコちゃんが急に口を開いた。
「今日はありがとう」
私は一瞬キョトンとしちゃったけど、あわてて首を横にふった。
「ううん、そんな。私はただ、ローズマリーの力を借りただけだし」
たぶんだけど、ローズマリーは思い出をつかさどる能力を持ってる。だからよけいにアップルパイの力がヒミコちゃんに作用しちゃったんじゃないかな。
そう説明すると、ヒミコちゃんはあきれたようにため息をつく。
「いいえ、あれはあなたの力よ。普通の人は使い魔から力を借りたりできない。だれかの力を借りて使えるというのも立派な力の一つよ」
「そう、なのかな」
自分ではフシギな力を使った実感はまるで無いんだけど。
「そうよ。私も“力”を持つ者だから分かるの」
ヒミコちゃんが言うのなら、そうなのかな。
「私、あのアップルパイを食べたとたん、心の中がポカポカとあたたかくなって、すごくなつかしい気持ちになったの」
ヒミコちゃんが遠い目をする。
「どうしてだかわからないけど、お母さんを思い出したの。お母さんが死んだのは小さいころで、手料理の味なんかほとんど覚えていないのに。あなたの料理はすごいわ」
ヒミコちゃん……。
大人っぽく見えるけど、やっぱりさみしいのかな。
「とにかくそういうことだから」
ヒミコちゃんは勢いよく立ち上がると、くるり回った。
「ほら」
ヒミコちゃんが手を差し出す。
「えっ?」
「知りたがってたでしょ、魔女のおどり。教えるるわよ」
えっ、なんで今ごろ?
「で、でも私、おどり方なんて分からないし」
体育の授業で習ったマイムマイムくらいしかおどれないし――と言おうとした私の手を、ヒミコちゃんは無理矢理にぎった。
「適当でいいのよ、そんなの」
ヒミコちゃんが私の手を取りクルクルと回り出す。
なんだか今日のヒミコちゃん、すごくキゲンがいいみたい。
でもそんなヒミコちゃんが、私にはとってもキレイでステキに見えた。
おどりなんて分からないけど、私もヒミコちゃんに合わせて、見よう見まねでクルクルと回ってみる。
「そうそう、上手い上手い」
しずむ夕日が、かがり火みたいに私たちを赤く照らす。夜の虫たちが楽しげに音楽を奏でる。
私たちは、日がしずむまで魔女のダンスをおどり続けた。
そしてこの日をきっかけに、私とヒミコちゃんはちょっぴり仲良くなったのだった。
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