第9話 なつかしのアップルパイ

「――というわけなんだけど、今度の日曜日、台所を借りてもいい?」


 家に帰り説明すると、アケミおばさんはうれしそうに顔をほころばせた。


「あらぁ、ヒミコちゃんが来てくれるの? もちろん大丈夫よ」


「本当?」


「もし手伝えることがあったら、なんでも言ってね」


「うん、ありがとう」


 良かった。この前はジャムを作ったけど、あれってただ煮込にこむだけだったし、おばさんに手伝ってもらえるなら心強い。


 でもヒミコちゃんは私のハーブ料理を見たがってるみたいだし、あんまりおばさんにたよりすぎるのも良くないよね。


 私も作れるような簡単なレシピ。何かあるだろうか?


「そうだ、ハーブ帳を見ながらメニューを考えるよっと」


 私はおばあちゃんのハーブ帳を取り出した。


 パラパラとページをめくってみるけれど、たくさんレシピがありすぎて、どれがいいのかさっぱり分からない。


「うーん」


 なやんでいると、ローズマリーが横からハーブ帳をのぞきこんだ。


「ハーブ料理を探してるにゃん?」


「うん。ヒミコちゃんに料理を作ってあげる約束をしたんだけど、どの料理がいいのか分からなくて」


「何だそんなことにゃんか。大丈夫にゃん。ウメコが言ってたにゃん。ハーブ料理のコツは、相手のことを思って料理をすることだって。そうすれば、ハーブは自然に力を貸してくれるにゃん」


 相手のことを、か。そういえばアケミおばさんも似たようなことを言ってたっけ。


「ヒミコちゃん、どんな料理が好きなんだろう」


 私はヒミコちゃんと一緒にご飯を食べるところを想像をしてみた。


 家族みたいに、あたたかくてにぎやかで、楽しい食卓しょくたく。そんな食卓を、ヒミコちゃんと囲みたい。


 そんなこと考えていると、窓からやわらかな風がふいて、レシピのページをめくった。


「あ……」


 そこに書かれていたのは、「なつかしのアップルパイ」というレシピ。


「アップルパイ」


 いいかも。私もアップルパイ大好きだし。


 でもそこに書いてあるレシピは、冷凍れいとうのパイ生地きじを使ったものではなく、強力粉きょうりきこ薄力粉はくりきこを使って一からパイ生地を作るというもの。


 綿棒めんぼうでのばしたり、生地をねかせたり、中々に時間がかかりそう。


 しかもデザートの他にもおかずやメインディッシュも用意しなくちゃならないし。


「私にできるかな?」


 不安だった。でも私の心はもう決まっていた。


 作ろう。なつかしのアップルパイを。


 私はヒミコちゃんのためにアップルパイを作ることに決めた。


 ***


 そして約束の日。


「ヒミコちゃん、いらっしゃい」


 チャイムが鳴りドアを開けると、黒いワンピースを着たヒミコちゃんがいた。うわあ、すごくカワイイ!


「どうも」


「今日のヒミコちゃんの服、カワイイね」


 えりやそでにフリルをあしらった黒いワンピースに黒いボレロ、胸元むなもとと頭にムラサキ色のバラのコサージュをあしらったヒミコちゃんは、お人形さんみたいですごく可愛い。


「これは……えっと、ゴスロリ?」


 私が言うと、ヒミコちゃんは少し顔を赤くしてそっぽを向いた。


「ちがうわよ。これは魔女まじょのお祭り――サバトをイメージしたコーディネートよ」


「ヒミコちゃん、魔女にあこがれてるの?」


 私が目をぱちくりさせると、ヒミコちゃんはますます顔を赤く、ムキになったようにまくし立てた。


「あこがれているというか、興味があるだけよ。私の専門せんもん東洋魔術とうようまじゅつだけど、自然崇拝しせわんすうはいという面では共通点があるから――」


 そういえばヒミコちゃん、巫女みこさんなんだっか。


「そっかぁ。そういえば、サバトってどこかで聞いたことがあるかも。魔女のお祭りのことなんだ」


「そうね。サバトと言えば、みんなおどろおどろしいものをイメージするけど、実際には、たき火の周りでお酒を飲んだりおどったりするものらしいわ」


 よく分からないけど、この間行った若葉祭りみたいな感じだろうか。


「へえ、そうなんだ。ねえ、魔女ってどんなおどりをするの? 教えて」


「ここで? いやよ。はずかしいもの」


 フン、と横を向くヒミコちゃん。

 ちぇ、ヒミコちゃんがおどってるところ、見たかったのになぁ。


「あらあら、いらっしゃい。うちに遊びに来てくれてうれしいわ」


 おくからアケミおばさんが出てくると、ヒミコちゃんはホッとしたように表情をほころばせた。


「いえ、どうせヒマですから。おじゃまします」


 ヒミコちゃんは居間のイスにこしかけ、ピンと背すじをのばした。


「とりあえず、今日はあなたの料理、楽しみにしてるから」


「う、うん。待ってて」


 アケミおばさんと共に台所へと向かう。

 食事の準備はほとんどできている。


 まずは庭で取れたレタスとアスパラガスのサラダ。それからソラマメと新じゃがを使ったグラタン。


 メインはサーモンとフェンネル、オレガノ、そしてローズマリーで味付けしたハーブチキンだ。


「へぇ、これをあなたが作ったの?」


「う、うん」


 サラダを盛り付けたりチキンを焼いただけなんだけどね。


「ええ。チキンがスパイシーだし、皮がパリパリして美味しい。野菜も新鮮ね」


 良かった。ヒミコちゃんも気に入ってくれたみたい。


「デザートもあるけど食べる?」


 アケミおばさんが、台所から二人で作ったアップルパイを出してくる。


「いただきます」


 私はヒミコちゃんがアップルパイを口に入れるところをドキドキしながら見つめた。


「…………」


 ヒミコちゃんの顔色が変わる。

 しまった。口に合わなかった? レシピ通りに作ったはずなのに、もしかして分量をまちがえた?


「ヒ、ヒミコちゃん、口に合わないなら――」


 あわてる私に、ヒミコちゃんは首を横にふった。


「ちがうの。ちがうのよ――」


 ドキリとした。


 ヒミコちゃんの目には、うっすらとなみだがうかんでいたのだった。


 ヒミコちゃんはフォークを置くと、まっすぐに私を見つめた。


「このアップルパイを食べたとたん、すごくなつかしい気持ちになって、家族との思い出が頭の中にあふれてきて――いったいどんな魔法まほうを使ったの?」

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