あんずと秘密のハーブ帳

深水えいな

1.ようこそハーブの島へ!

第1話 私がハーブ使いに!?

『まもなく、花乃島に到着とうちゃくいたします』


 船はガタンと大きくゆれたあと、船着場に停まった。


「ありがとうございました」


 ペコリと頭を下げて船から降りると、船頭のおじさんはニコリと笑った。


「おや、おじょうちゃん。見なれない顔だけど町の子かい。島には一人で?」


「はい。島に住んでるおばさんの家に。これから私、おばさんの家に住むんです」


 そっけなく答えると、おじさんは私の頭をくしゃりとなでた。


「おや、そうだったのかい。まだ小さいのに大変だね」


 おじさんの言葉に、少しムッとする。

 身長が小さいのはコンプレックスなんだ。


「私、小さくありません。もう中学生ですから」


 まだ三月で春休み中だから、正しくはまだ小学生なんだけど、卒業式も終わったし、もう中学生でいいよね。


「よっ、と」


 私は大きなリュックとボストンバッグ一つを持って、船から飛び降りた。


 ここが花乃島かぁ。


 両手を広げて思い切り息をすいこむ。潮風に混じってかすかに甘い花の香り。新しい生活って、何だか胸がドキドキしちゃう。


「あんずちゃーん!」


 私が島の風景に見とれていると、どこからか私をよぶ声がした。


「アケミおばさん」


 声のする方を見ると、長い茶髪ちゃぱつのキレイな女の人が手をふっていた。お母さんの妹、アケミおばさんだ。


「あらぁ、久しぶりしばらく見ないうちに大きくなったわね」


「えへへ、そうかな」


 おばさんが私の荷物を一つ持ってくれる。


「遠いところよく来たね。うちに着いたらゆっくり休んでね」


「うん、ありがとう」


 私たち二人は、曲がりくねった道を通り、丘の上の家へと向かった。



 今日から私は、この島に住むおばさんの家に一人あずけられることになる。


 どうして私が一人だけおばさんの家に住むことになったかと言うと、心臓しんぞうの悪い弟の手術しゅじゅつため、両親がアメリカに引っこすことになったからだ。


 でも私は言葉の通じない外国に行くのはイヤだったし、日本の学校に通いたかった。


 そんなわけで、私だけが日本に残り、お母さんの妹であるアケミおばさんの家にあずけられることに決まったってわけ。


 家族とはなれるのは少しさびしいけど、島での新しい暮らしはなんだかワクワクしちゃう。



「あんずちゃん、おばさんのお家はここだよ」


 おばさんの言葉に顔を上げると、木でできたログハウスみたいな家と、お花のたくさん生えた大きな庭が見えてきた。


「うわぁ」


 こんなに大きな家に住むんだ。今まで住んでたのは小さなアパートと全然ちがう!


 私が感動しながらおばさんの家を眺めていると、シュッと家の前を一匹の白ネコが横切った。


「あ、ネコちゃん!」


「にゃん」


 私の声に反応したのか、ネコが顔を上げる。


「あっ」


 この白いネコ、右目が青で左目が金色。左右で目の色がちがう、オッドアイってやつかな。めずらしいな。


「あんずちゃん、どうしたの?」


 カバンの中をガサゴソとあさり、カギを探していたおばさんが顔を上げる。


「あ、うん。ネコが……」


「ああ、シロちゃんね」


「シロちゃん?」


 おばさんがチチチチと舌を鳴らしてネコを呼ぶ。だけどシロちゃんと呼ばれたネコは、サッと茂みの中にかくれてしまった。


「あらら、にげちゃった」


 おばさんが肩をすくめる。

 

「あのネコ、この辺りに住んでるみたいで、うちにしょっちゅう来るんだ。いつもなら呼んだら来るんだけど、今日はあんずちゃんが居たから警戒しちゃったのかな」


「そうなんだ」


 キレイなネコだったけど、野良ネコなのかな?


 ガチャガチャガチャ。ギィ。


 おばさんは玄関のカギを開けると、古めかしいドアを引いた。


「さ、入って」


 ガラリと広い玄関。長い廊下の木目がピカピカと光っている。


「おじゃまします」


 私はそろりと玄関に足を下ろした。


「あんずちゃんの部屋はあそこ。昔、あんずちゃんののお母さんが使ってた部屋だよ」


「へぇ、そうなんだ」


 おばさんの後について赤いドアを開けると、少し古いけど、広くてこざっぱりとした部屋が見えた。


「この勉強机も、お母さんが使ってたのよ。お母さんの前は亡くなったおばあちゃんも使っていたし、歴史のある机なの」


「そんな昔からあるんだ」


 木でできた机の傷をなぞり、古びたイスにこしかける。私の身長にぴったりで、まるで私のために作られたみたい。


 お母さんも、昔はこんなに小さかったのかな。


「それじゃあ、私は夕ごはんの用意をするから、あんずちゃんは荷物を片付けてゆっくりしててね」


「うん。ありがとう、アケミおばさん」


「あ、そうそう」


 おばさんはドアを閉めようとした手を止め、ふと何かを思い出したようにふり返った。


「あのお庭はおばあちゃんの不思議な力がやどったハーブガーデンだから。くれぐれも勝手に入らないようにね」


「えっ? はい」


 不思議な力? なんだろう、それ。


 疑問に思いながらも、私はドサリと荷物を置いた。


「はぁ、つかれた」


 フカフカのベッドに横になる。


 バスと船を乗りついだ長旅だったせいか、何だかひどく体がだるい。荷物を整理するのは明日でいいかな。


 そんなことを考えていると、急に大きな音がして窓が開いた。


 ――バタン!


「えっ、な、何!?」


 風!?


 バサバサと音を立て、机に積まれていたノートやら本やらが全部床に落ちる。


「わあああっ」


 すごい風。窓のカギ、閉まってなかったみたい。


「あーあ、机の上、片付けなきゃ」


 なんとか窓を閉めると、床に落ちたノートや本をまとめ、机の上に置いた。すると――


「あれっ?」


 私は古ぼけた木の机に、何かがってあることに気づいた。


「何これ」


 机の上のよごれをはらい、ゆっくりとその文字を読んでみる。


「えーと『なんじを使いとする。なんじの名は――』」


「やめるにゃん!」


 そこまで読み上げた時、とつぜんさっきの白ネコが部屋の中に飛び込んできた。


「えっ」


「それ以上はやめるにゃん」


「どういうこと?」


 たずねてみたけれど、白ネコは答えない。

 っていうか、やっぱりこのネコ、しゃべって――。


「ん?」


 私がネコに恐る恐る近寄ったその時、フワリとネコちゃんから、かぎ覚えのある香りがただよってきた。


 ちょっぴりスパイシーでクセがあって、おばあちゃんの家のタンスみたいな香り。ちょうど、この家の庭にも生えてたっけ。この香りは――。


「ローズマリー?」


 私がそのハーブの名前を言うと、ネコの動きがピタリと止まった。


「な、なぜその名前を」


「名前? ローズマリー、それがあなたの名前なのね」


 さけぶと、急に辺りが白い光に包まれた。


「にゃああああああん!」


「な、何!?」


 あまりのまぶしさに、とっさに目をつぶる。

 そして目を開けると、ローズマリーの首には、光る白い首輪がついていた。


「あれ? そんな首輪してたっけ?」


「な、な……なんてことしてくれたにゃん」


 シロちゃん、じゃなくてローズマリーが目を見開き、ブルブルとふるえる。


「なんて事って?」


「これを見るにゃ」


 ローズマリーは本だなの本をバサバサと引きずり出し床に落とした。


「ローズマリー、ダメだよ」


「あんず、これにゃん」


 私があわてていると、ローズマリーは一冊の茶色く日に焼けたノートをくわえてこちらへやってきた。


「これ、ノート?」


 私は古ぼけたノートを受け取った。


「それはウメコ、あんずのおばあちゃんが残した秘密ひみつのハーブ帳にゃん」


「おばあちゃんの?」


「そのハーブ帳のローズマリーのページを見てみるにゃん」


 私は言われた通り、ローズマリーのページを開いてみた。


「あった、ここだ」


 ローズマリーは、ローズマリーのページを見ると大きなため息をついた。


「『すみ』のマークがついてる。やっぱりまちがいないにゃん」


 確かに、言われた通り、ローズマリーのページには赤字で大きく「済」のマークがついている。


「これが何?」


 ローズマリーは、はぁ、と大きなため息をついた。


「いいにゃんか? あんず。これは私があんずの使い魔になってしまったということにゃん」


 使い魔?


 使い魔ってあの、マンガとか小説なんかでよく見る、魔女が手下にしてる動物のこと? 


「でも、どうして」


「あんずがとなえたあの言葉、あれが使い魔の呪文じゅもんにゃん」


「ええっ、呪文なんて――」


 そこまで言って、はたと思い当たった。もしかして、あの机に彫ってあった言葉が使い魔の呪文なの?


「そして私を使い魔にしたということは、あんずがウメコの正当な後継者こうけいしゃのハーブ使いで、その秘密のハーブ帳はあんずのものだということになるゃん」


 ローズマリーのオッドアイがキラリと光る。


 私が……おばあちゃんの後継者こうけいしゃ? ハーブ使い?


 一体、どういうこと!?


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