第十九話(二)
油断なく構える
それを超すでも劣るでもない。奇観中随一の奇観であろう。
コルドーの
先陣を切ったのはウインドである。一瞬にして
続くコルドーが魔法杖「
クシュンは錫杖「
トジュロー君は長剣「
「まるで通じぬとは……到底信じ難い」とトジュロー君は
「余の姿を一眼見ればすぐ分る訳だ。それをかくのごとく騒ぎ立てるのは必竟ずるに貴様等の愚の証たるもの。余の力の強大なるを思い知り
なるべくここは好加減に魔王の
いらざる抵抗は避けらるるだけ避けるのが当世で、無要の口論は封建時代の遺物と心得ている。人生の目的は口舌ではない実行にある。自己の思い通りに着々事件が進捗すれば、それで人生の目的は達せられたのである。苦労と心配と争論とがなくて事件が進捗すれば人生の目的は極楽流に達せられるのである。いかな魔王とてそれは同じ思いであったろう。
しかし、だ。
にゃあ。
「ん? ――それは何か?」
事件が十中八九まで成就したところへ、吾輩なる常規をもって律すべからざる、普通の人間以外の心理作用を有する風来坊的猫様が飛び込んで来たので少々その突然なるに面喰っている
「御存知ないのですか。畏れ多き魔王様ともあろう御方が」たちまちウインドが持前の軽薄さをもって軽口を叩いた。その実ウインドの足は震えてまるで収まりが尽かぬようだったのだが、ここを逃さじと一念奮起する。「まさかまさかのそのまさか。全ての生きとし生けるものと仰りながら、それは何かとは何かの聞き間違いで御座いましょうか」
「無論知っておるとも、余は魔王なるぞ」と魔王仰るが、尊大なる
「そうで御座いましょう。そうでしょうとも違いない」どこまでもウインドは調子良く話しを合わせる。「さすれば
「疑うておるのか」
「いえいえ。疑うてなぞおりませぬよ。至極当然でしょうとも」とウインド。「となれば無論、この「猫」の鳴声の美麗なるやも御存知の筈。かく云う私めはそこそこ名うての吟遊詩人でして歌には多少なりと自信が御座いますれど、この「猫」にはかないっこ御座いませんね」
「ほう」魔王は素気無い振りを気取っておるが
「アハハハ御冗談を」とウインドはいけしゃあしゃあと淀みなく受ける。「先刻のは語に極っていまさあ。この「猫」は語も喋れば鳴声も出すんですぜ、御存知でしょうに。いかにもそんな事をやりそうな面構えでしょう、いやに
「う、うむ、
魔王め、髯を生やして怪しからなければ猫などは一疋だって怪しかりようがないだろうに。
しかしウインド呆れるほどになかなかの演技巧者である。さりとてこれも決して長く続く事はあるまい。弁舌による戦況は吾輩の
吾輩は首を巡らせウインドを見つめ
ウインドは――にやりと笑い確かに
「それでは早速お聞きになってはいかがでしょう。ええ、
「そう
魔王は慌てを悟られぬよう些か早口で言い放つと、吾輩に向けて蛸の触手のような熊手のようなぬるぬるもじゃもじゃを恐る恐る伸ばして
そして、吾輩は見たのだ。
魔王の奇観中の奇観である顔を。
「どれ、猫よ猫よ。余に御前の美麗なる鳴声を聞かせてはくれまいか。さあ」
吾輩は真に恐怖する。
今や眼前に迫った暗黒の淵を覗き見、その淵の奥から暗黒が覗き返しておる事に、この矛盾なる現象の説明を求め、ちっぽけな灰色の脳味噌に御伺いを立て、
次第に吾輩の頭は混沌として理窟も道理も分らなくなる。
やあ、あすこにおわすはどこの誰れだい、と人間共の事すら判じ得なくなってくる。あの
刹那、一疋の愛しき猫の姿が吾輩の
――そうだ。吾輩は〇〇〇〇の幸福の為に成すべきを成さねばならん。
御前が世界の全てを欲するなど吾輩が不承知だ。吾輩はこの世の不可思議に誘われ、
「さあ、鳴いて見せよ!」
魔王の声が
――これぞ吾が師直伝の必殺、猫騙し哉。
「な――なんと!?」
これにはすっかり驚ろかされて魔王は暫し茫然自失とする。深淵の奥の彼奴の口らしき場所がぽっかりと空いた。吾輩は
――ああ、人間族の友共よ。おさらばである。
吾が命、捨てがまるは今
永劫にも感ぜらるる落下の内、吾輩は全神経を集中して必死に真言を唱えた。
「――南無八幡大菩薩!」
直後、荒れ狂う白光の奔流がこの場の全ての者の眼を
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