第四話(一)
さて肝心たるは作戦計画だ。
どこで鼠と戦争するかと云えば無論鼠の出る所でなければならぬ。そこで稽古場で鼠どもが
吾輩はここに自白する。
吾輩は猫として決して
ここにおいてか鼠の出口を研究する必要が生ずる。どの方面から来るかなと稽古場の真中に立って四方を見廻わす。何だか近衛大隊長のような心持がする。
わが決心と云い、わが意気と云い火の消えた稽古場の光景と云い、四辺の
彼れらがもしどぶ鼠であるならば側溝を沿うて窓枠の隙から、壁伝いに現れるに相違ない。その時は花瓶の影に隠れて帰り道を絶ってやる。あるいは通りへ風を抜く換気孔より
さればと云ってキャリコを助勢に頼むのは吾輩の威厳に関する。
どうしたら好かろう。
どうしたら好かろうと考えて好い
吾輩は大戦の前に一と休養する。
もう鼠の出る時分だ。どこから出るだろう。
戸棚の中でことことと音がしだす。ここから出るわいと穴の横へすくんで待っている。なかなか出て来る景色はない。さらに重い音が時々ごとごととする。しかも戸を隔ててすぐ向う側でやっている、吾輩の鼻づらと距離にしたら三寸も離れておらん。時々はちょろちょろと穴の口まで足音が近寄るが、また遠のいて一匹も顔を出すものはない。
今度は窓枠の影でことりと鳴る。敵はこの方面へも来たなと、そーっと忍び足で近寄ると木枠の間から尻尾がちらと見えたぎり窓枠の下へ隠れてしまった。しばらくすると雪隠の方からかちりと鳴る。今度は後方だと振りむく途端に、五寸近くある大な奴がひらりと落ちて換気孔の内へ駈け込む。逃がすものかと続いて飛び下りたらもう影も姿も見えぬ。鼠を捕るのは思ったよりむずかしい者である。吾輩は先天的鼠を捕る能力がないのか知らん。
吾輩が稽古場の真中へ戻ると敵は戸棚から馳け出し、戸棚を警戒すると窓枠から飛び上り、雪隠の真中に頑張っていると三方面共少々ずつ騒ぎ立てる。小癪と云おうか、卑怯と云おうかとうてい彼等は君子の敵でない。吾輩は十五六回はあちら、こちらと気を疲らし心を労らして奔走努力して見たがついに一度も成功しない。残念ではあるがかかる小人を敵にしてはいかなる近衛大隊長も
しばらくすると流石に心配気に思ったのかキャリコがやって来て、ちょいちょいと吾輩の額に触れたので眼だけを開いた。
「勇者様、勇者様。一体どうなさったんです」
「いやね君、ここいらでもう一度作戦計画を見直す時分だと思ってね」
決して気の利いたことも思いつかぬから寝ているのだとは云いはすまい。
「あらいやだ。鼠連中は我が物顔で大騒動ですよ。おお恐い」
「まあ見ていたまえよ。その内吾輩が峻烈なる手際にて捕ってやりますからね」
「本当かしら」
「なにその時はその時さ」
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