第六話(二)
ようやっと神官宿まで帰って見ると、騒々しい世間から急に静かな所へ移ったので、何だか祭の輪から外れて薄黒い洞窟の中へ入り込んだような心持ちがする。
探険中は、ほかの事に気を奪われて部屋の装飾、窓、木扉の具合などには眼も
窓から
ラビリス嬢の話しによると
この国が大海の覇者で――もっともこれは武力的ではない、交易を含め制覇を成したという事である。その要こそがドミーニョン Dominion たる巨大船であり彼らの領地そのものでもあったと云う。だがしかし幾たびもの戦や老朽化によってやがて船体のあちこちにガタが来た。これは必然である。致し方ない。形ある物の常なる宿命であろう。
東国の民は
ところがようやっと出逢えたと思った造船職人は彼らを見て大に戸惑い首を傾げた。
東国の民は訳がわからずに今日までの旅路を語り聞かせた。彼等はついに東から西まで大海を探険した。その道すがらドミーニョンを作っては直し直しては作って何とかここまでやって来た。ふと船体に書かれた文字が造船職人の目に入った。見るとそこにはドゥーミニン Doominin という名がかいてある。造船職人は手を振って「これじゃないこれじゃないこれは知らぬ。ドミーニョンは確かに造ったが、こいつはドゥーミニンじゃないか。ドミーニョンでなくてはいかん。道理で自分で作った船とは違うようだと思った。ようやくの事で合点がいったぞ」と東国の民共の事はまるで忘れて、一人笑いながら家に帰ったと云う。
要は東国の民たちはガタが来た所を直して新品に取換える事ばかりに気を取られ、
「さて、クシュン君。全てを一切合切取換えてしまったドミーニョンは果たしてドミーニョンだと云えるのかね」とラビリス嬢はプルタークを極め込んで話しを締め括った。
「ドミーニョンはドミーニョンで相違ないのじゃないかしら」
「でもさ君、固のドミーニョンだった部品はもう何処にもないんだぜ」
「それでもドミーニョンはドミーニョンだわ。そう云っているんだもの」
「そう云ったってだね、名前からしてもう違う」
「書き損じでしょう」とクシュンは牡蠣的頑固を発揮して譲らない。
「ではこれならどうだい。連中が海々に放り棄てた部品を残らず集めて来て組立て直したとしたならば、どっちがドミーニョンになるんだろうか」
「矢鱈と捨てちまったものを集められっこありませんよ」
「それをやろうってんですよ。そしたらどうだと思うかね」
「知りませんよもう」
「いやに頑固だなあ」
あまりラビリス嬢の言葉が
「それにしてもあれだね、クシュン君。お抱え神官である君が彼の地よりお招きした勇者猫様をお預かりになっていることを市井の連中は知らんのだな。まったく怪しからん、まったく」
「人様にお話しするほどのことでもありませんから」
「だから云ってやったのだ。彼の猫様こそマダナイの生まれ変わりであるとね」
「なんですって」
クシュンは眼を廻した。これには吾輩も仰天せざるを得ない。
「いやね君、何も御隠しなさる事でもないでしょう。事実は事実なのだから」
「事実? この前は
「事実と云うのはだね、私の研究している魔法史文献の第二読本の中にあったと云う事さ」
「第二読本? 第二読本がどうしたんです」
「マダナイ様の尻にあるこの
「で、その痣がなんだってんです」
「
「冗談じゃありませんよ。どうなっても知りませんからね」
「私は君のような
だがこの他愛も無いやりとりが後の大事件を生むことになろうとは、この時の吾輩は
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