第七話(一)
吾輩がこの世界に呼ばれて以来多少有名になったらしく、猫ながらちょっと鼻が高く感ぜらるるのはありがたい。
ある朝クシュンの
クシュンは絵端書の色には感服したが、かいてある動物の正体が分らぬので、さっきから苦心をしたものと見える。そんな分らぬ絵端書かと思いながら、寝ていた眼を上品に半ば開いて、落ちつき払って見ると紛れもない、吾輩の肖像だ。肖像画家だけに形体も色彩もちゃんと整って出来ている。誰が見たって猫に相違ない。少し眼識のあるものなら、猫の中でも他の猫じゃない吾輩である事が判然とわかるように立派に描いてある。このくらい明瞭な事を分らずにかくまで苦心するかと思うと、少し人間が気の毒になる。出来る事ならその絵が吾輩であると云う事を知らしてやりたい。吾輩であると云う事はよし分らないにしても、せめて猫であるという事だけは分らしてやりたい。
「うーん。マダナイさんはお分かりになりますか」
無論分かるに
せんだってはクシュンの許へ南洋の名産である干魚をわざわざ吾輩の名宛で届けてくれた人がある。だんだん人間から同情を寄せらるるに従って、
こう猫の習癖を脱化して見るとキャリコや
「そうそう。この間、王様宛にマダナイさんについて分かった事を書にまとめて送りました」
道理で件の「
「それがですね。ラビリスがマダナイさんこそ勇者猫様だと市井のあちらこちらに
鼻王め、ようやくもって吾輩の事を只の野良ではないと考えを改めたようである。あの時辛棒した人の気も知らないで、無闇に野良呼わりは失敬だと思う。元来人間というものは自己の力量に慢じてみんな増長している。少し人間より強いものが出て来て
「再び勇者召喚の儀を執り行うにしても、一と年の歳月が要るでしょう」神経性胃弱のクシュンは思わぬ失態を思い出し鳩尾辺りをしきりに擦りながら続けた。「それまでこのゴルジアスターゼ城が安泰とも限りません。魔族の大侵攻は増すばかり。ですから早急にマダナイさんの御力を見極める必要があるのです。私程度の力量では無理でも神官長であればきっと、と」
とは云え何も状況のまずい時に特に吾輩を
吾が友であり吾が師と仰ぐシュバルツの弁を借りるなら吾輩には多少の見込みがあるそうで、真剣勝負の師匠相手にも一爪二爪入れるくらいの余裕が生まれておる。二
寒さを覚えぶるりと身を震わすと、クシュンは困ったように笑う。
「実の所、私もどのような話しになるかを知りません……。ただ王様が勇者猫様だと判じたにせよ、よもやマダナイさん一疋ぎりで送り出す事はしないでしょう。仲間が
少なくとも案内人は要るであろう。吾輩の知見はこの城下の内のみのものである。外の世界がどんなものだかは知りもせんし、人間族に仇なす魔族の総本山いずこたるや皆目見当もつかぬ有様だ。
「魔族の王、
キャリコの身代りになるのなら苦情もないが、あの苦しみを受けなくては死ぬ事が出来ないのなら、誰のためでも死にたくはない。
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