第八話(一)
さてさて続きである。
鼻王は
「あのクシュンとラビリスがどう云う訳か異世界より
「ほのめかす? 只の猫なのでしょう?」とトジュローは驚いた顔をする。
「ふむ。何でも
「痣? 痣くらいなんです。痣くらいありましょう。そんな乱暴な事を云ったので?」
「云ったどころではない、ちゃんと第二読本の中に書かれておると云う事らしい」
むつかしい顔をしている所を見ると、鼻王は第二読本なんたるかを御存知らしい。
「困りますね、ほかの事と違って、こう云う事はたといあれが専門家だとはいえ
「そこでだ」
鼻王は
「君は学生時代からクシュンやラビリスと共に学び、今はとにかく、昔は親密な間柄であったそうだから依頼するのだが、君
「ええ全くおっしゃる通り愚な抵抗をするのは本人の損になるばかりで何の益もない事ですから、
「それからクシュンだが……だんだん聞いて見ると学問も人物も悪くもないようだから、もし当人が精進するのであらば近い内に神官長の側控に据える事が出来るかも知れんくらいはそれとなくほのめかしても構わん」
「そう云ってやったら当人も励みになって精進する事でしょう。宜しゅうございます」
トジュローはさもありなんと大真面目な顔で応じた。
「ああ、どうか、御面倒でも、一つ願いたい」
「かしこまりました」
トジュローは最後にもう一度頷いて見せると立ち上がった。
「今日は神官勤も休みとの事ですからこれから
「ここの前を右へ突き当って、左へ一丁ばかり行くと神官宿舎がある。そこだ」
「それじゃ、つい近所ですね。訳はありません。このままちょっと寄って見ましょう。なあに、大体分りましょう標札を見れば」
おっと。トジュロー君が御光来になる前に帰らないと、少し都合が悪い。談話もこれだけ聞けば大丈夫沢山である。石壁を伝降り石塀を乗越え衛兵共の陰から往来へ出て、急ぎ足でうちへ帰って来て何喰わぬ顔をしてベッドの上で
「あら、マダナイさん。どちらから御帰り? また御師匠様の三毛猫の所かしら?」
まったく
部屋の
「やあ。久し振りだね、クシュン」
「トジュロー? トジュローなのね? あら驚いた! さあそこにお座りになって」
クシュンが
この時トジュロー君の胸のうちにちょっとの間顔色にも出ぬほどの風波が起った。この布団は疑いもなくトジュロー君のために敷かれたものである。自分のために敷かれた布団の上に自分が乗らぬ先から、断りもなく妙な動物が平然と
これほど不平があるなら、吾輩の
「……」
トジュロー君は時々吾輩の顔を見ては苦い顔をする。吾輩はトジュロー君の不平な顔を拝見するのが面白いから滑稽の念を抑えてなるべく何喰わぬ顔をしている。
「ほら座って頂戴。あら――」
吾輩とトジュロー君の間に、かくのごとき無言劇が行われつつある間にクシュンは盆に湯呑と適当にみつくろった茶請を持ち席に着いたが、すぐさま吾輩の襟がみを攫んで赤子の如く抱きかかえてしまった。とんだ興覚めである。
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