第八話(二)
「懐かしいわね。いつこちらへ出て来たの?」
クシュンは旧友に向って
「ついまだ
「それは結構なこと、
「うん、もう十年近くになるね」トジュロー君は
「十年立つうちには大分違うものねえ」
クシュンはトジュロー君を見上げたり見下ろしたりしている。トジュロー君は頭を美麗に分けて、丁寧に
「まあ、お抱えともなるとこんな
「似合っているわよ」とクシュンは真面目腐った顔付きで
「こりゃ派手めかしいよ」とトジュロー君は笑いながら答えたが「君も大分立派になったね。たしか儀式神官になったと聞いたけれど」
「そんな大層なものでもないわ。のんびり太平に過ごしております」
「相変らず気楽な事を云う。ハハハ君は呑気でいいな。僕も神官になれば
「なって御覧なさい、三日で嫌になるから」
「そうかな、何だか上品で、気楽で、
「いやだ、ゴルトン王のこと? あんな分からず屋放っておけば
「何だい、いやに怒ってるね」
途端にむくれ始めたクシュンを見て、トジュロー君はくつくつと笑いを噛み殺している。
「なあに今のはほんの冗談さ、そのくらいにせんと金は溜らんと云う
「冗談でも何でもいいけれど、あの偉ぶった鼻は何よ。城に行ったんなら見て来たでしょう」
「どうしたんだい。
「決してそうではないわ。ラスペルの逸話を知ってるでしょう?」
「知ってるかと来たか。まるで試験を受けに来たようなものだ。ラスペルがどうしたんだい」
「
「どんな事を」
「もし美の神フロールの鼻が少し低かったならば神々の戦の結末に大変化を
「なるほど」
「それだから貴方のようにそう無雑作に鼻を馬鹿にしてはいけないのよ」
「まあいいさ、これから大事にするから。そりゃそうとして、今日来たのは、少し君に用事があって来たんだがね――君が儀式でお招きしたとか云う、英雄――ええ勇者ええちょっと思い出せない。――そらそこの猫様に名付けたと云うじゃないか」
「マダナイさんよ」
「そうそう英雄マダナイ。その生まれ変わりとか云う猫様の事についてちょっと聞きたい事があって来たんだがね」
「いやだ、ラビリスが勝手に云っている事です」
「そうか。そうだって、ゴルトン王もそう云っていたよ。クシュンに、よくよく伺おうと思っていたら、生憎ラビリスが押し掛けて茶々を入れて何が何だか分らなくしてしまったって」
「王様には猫様について分かった事を書き連ねた書状をお送りしましたのに」
「いえ君の事を云うんじゃないよ。あのラビリスがおったもんだから、そう立ち入った事を聞く訳にも行かなかったので残念だったから、もう
「御苦労様ね」とクシュンは冷淡に答えたが、腹の内では当人同士と云う
元来このクシュンはぶっ切ら棒の、頑固光沢消しを
「ゴルトン王はマダナイさんが勇者猫であって欲しいと願っているの?
「そりゃ、その――何だ――何でも――え、そうであって欲しいと願っているんだろうとも」
トジュロー君の挨拶は少々曖昧である。実はラビリスの吹聴する語の真偽だけ聞いて復命さえすればいいつもりで、ゴルトン王の意向までは確かめて来なかったのである。従って
「だろうた判然しない言葉ね」
クシュンは何事によらず、正面から、確かめないと気がすまない。
「いや、これゃちょっと僕の云いようがわるかった。ゴルトン王の方でもたしかに意があるんだよ。いえ全くだよ――え?――王自身が僕にそう云ったと思う」
「あの王様が?」
「ああ」
「思うと云ったわ」
「云ったは云った。だけれど、ちと判然としないのは僕の記憶だ。云ったのは本当だとも」
クシュンはこの不可思議な解釈を聞いて、あまり思い掛けないものだから、眼を丸くして、返答もせず、トジュロー君の顔を、大道易者のように
「君考えても
トジュロー君はなかなかうまい理窟をつけて説明を与える。今度はクシュンにも納得が出来たらしいのでようやく安心したが、こんなところにまごまごしているとまた
「それでだ。僕と共にちょっとした冒険に出掛けないかと思って誘いに来たのさ」
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