第五話(一)
今日は上天気の休日というのに、クシュンはのそのそ寝台から
「うーん」
クシュンは声に出して唸って見せるが、やはり筆は動こうともしない。
おりから部屋の
ラビリス嬢という女はクシュンと同じ神官であり、学校通いをしていた頃からの縁であったそうだが、学校を卒業して、何でも儀式巫女たるクシュンよりいくぶんマシな魔法術の研究員になっているという話しである。この女がどういう訳か、よくクシュンの所へ遊びに来る。来ると自分を
「やあ、クシュン君。こんな上天気の日に部屋に
「いや特に何という事もないのだけれど。でもまあ、そうね、この猫様について気付いた事等をここいらで一つ王様にお知らせしておこうかと思ったものだから」
「ほほう。それで何か分かった事があるのかね?」
「それが……これと云ってある訳でもないものだから、はてどうしたものやらと」
「なんだいそりゃ、アハハハハ」
ラビリス嬢は失望と困惑を掻き交ぜたような声をして、勝手知るクシュンの部屋に這入り込んで笑った。吾輩も同じ心持である。やはり人間如きでは猫の事は到底分からぬと見える。
「たまにはそこいらに出掛けて見たらどうかね?
「もう少し。もう少しで浮かびますから。ラビリスはそちらで勇者猫様と遊んでいて下さい」
「君、まだ勇者猫様とお呼びしているのかい? あれは何、ただの冗談だよ。アハハハハ」
「いえいえ。そんな事ある筈がありません。勇者猫様は勇者猫様ですよ。さあさあ」
「そうそう。勇者猫様について一つばかり考えがあるのだけれど」
「ほほう。拝聴しますよ」
「いつまでも勇者猫様とお呼びするのは少し具合が悪くないかしらと思って」
「ナール」とラビリス嬢は引張ったが「ほど」を略して考えている。「では、さぞ勇者猫様に相応しい名前を考えたのだろうね? 聞かせてもらいたい」
「マダナイ、と云うのが
「マダナイ、か。随分と大きく出た物だなあ」
ラビリス嬢は興味深気に黒縁丸眼鏡の位置を直して身を乗り出した。
「マダナイと云えば、
「本当に詳しいのね、ラビリスは」
ラビリス嬢はこんなところへくると急に元気が出る。
「いつもながら驚かされます。普段は
「アハハハハ。いやねクシュン君、まだまだ面白い事があるのだよ英雄マダナイについての話しには。メッツナーの曰く、英雄マダナイは人間でありながらも人間ではなかったのだとさ。神格的存在であったが故にそう云う事もまた等しく正しいのだろう。案外英雄マダナイこそ猫であった可能性すら容易に論じられるのだよ。それ此処におわす勇者猫様と同じくと云う事だな。ほら見てみたまえ、始めて出逢った時から感じていた事だがこの勇者猫様は向こうの世界でも大分苦難の道を歩んで来たものと見えてなるほど漂泊者らしい
「なるほど。で、あちら風ってどちらの事ですかね」
「あちらはあちらだよ。意味も何にもあるもんか」
「教えて下すってもいいじゃありませんか、あなたはよっぽど私を馬鹿にしていらっしゃるのね。きっと人が物を知らないと思っていつもの冗談をおっしゃったんでしょう」
「
「どうせ今から書いたって間に合いやしませんもの。それより、ヴァーガボンドー等と云う言い回しをするあちらとやらについてを教えて頂戴」
「うるさい女だな、意味も何にも無いと云うのに」
「いいです。そんならもう聞きません」
「それじゃ早速出掛けよう」
ラビリス嬢は吾輩を抱え降ろしてふいと立つ。クシュンは
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