第十六話(一)



 吾等われらの門出に際しそれぞれは鼻王より以下のような物を頂戴つかまつった。


 勇者様御一行の先鋒となり攻撃のかなめとなるトジュロー君に対しては「光輝之剣クラウ・ソーラス」なる長剣が与えられた。鼻王いわく「の戦神ヌァザの使いし剣なり。たびさやより抜出ぬきだせば松明二〇本相当の光がたちまち放出され所有者をまもるであろう」との事である。


 次に千変万化の魔法術をいとも容易く行使する魔法使いコルドーに対しては「樹精之杖メリアス・ロッド」なる魔法杖が与えられた。鼻王曰く「其は森精霊ニュムペーの御力を宿す戸塗木トネリコの齢一〇〇数年の古木より作りし杖なり。天に高くかざせば所有者に悪意持つ者へ災いをもたらすであろう」との事である。


 次に洋琵琶リュートを奏で魔をもやすやすと魅了する吟遊詩人ウインドに対しては「竜舌弓ドラグ・リングァ」なる長弓が与えられた。鼻王曰く「其は悪竜コーキンゲンを仕留めし神弓なり。つがえ放ちし矢は音無おとなしなるも、狙いあやまつ事まれなり。二〇けん内にある者は何者も逃れる事あたわず」との事である。


 次に彼の偉大なるメッツナーの敬虔な使徒たる神官クシュンに対しては「愚陀仏之杖グダブツ・ワンド」なる錫杖しゃくじょうが与えられた。鼻王曰く「其は彼の偉大なるメッツナーの使いし聖なる錫杖なり。真の信仰心持つ者が扱えば、聖杖は所有者に豊穣と生命と再生のめぐみを与えるだろう」との事である。


 さていよいよ最後に吾輩の番となった。

 のそりと歩出あゆみでると鼻王困り顔でこういおる。


「実はな……。無いのだ、何も」

「我が王よ、良く意味が分りませぬが」トジュロー君が控え目に問質といただす。

「どの名工に尋ねようと誰れ一人、勇者猫様に贈るに相応しき武具に思当おもいあたりが無いのだよ」

 鼻王の獅子鼻が萎れて縮んだかのごと項垂うなだれておる。

「いかな勇者様とて猫は猫じゃもの。剣は構えられぬし魔法も唱えられぬ。引ける弓もなければあれほどちいさな癒し手では用が足りぬだろう。とは云え肝心たる勇者様に何も与えぬとあっては儂は空者うつけものと呼ばれよう。そこでじゃ――」

 鼻王は胡麻塩頭の従者長を呼び付け朱塗の盆の上から何やら取り上げた。

「儂からこれを贈ろうと思うておる。このゴルジアスターゼ城に代々伝わる護りの腕輪じゃ。遥か祖先たる彼のディアマズス大王の無事たるはこの腕輪の御力に因るものと云われておる」


 云うなり玉坐より数段降り来た鼻王が吾輩の鼻先にそれを近づけた。随分と古めかしい銀無垢の腕輪なれど其の輝きは衰えずまばゆきらめく金剛石ダイヤモンドが一つ見える。吾輩は少々警戒し、くんくん、と熱心に臭いを嗅いでみる。しかしてこれは猫族普通一般の性であり特段の意はない。


「これなら勇者猫殿の首輪に丁度よろしいのではないかと思ったのだ。どおれ、着けて見せよ」


 仕方なしに腕輪に鼻先を突っ込んで見る。――ほう、思うておったより大分軽い。痛くも痒くも感じぬ。ふるふる、と何度か首をいささか乱暴に振って見るもすっぽ抜けたりはせんかった。


 ――宜しい、こちらを頂戴するとしよう。


 背筋を伸ばし尻尾をぴんと張り右廻りに廻すと、クシュンが吾輩に代わって礼を述べた。


「こちらで結構、と仰っています」

「うむ、それは僥倖ぎょうこうである」


 最後に今一度各人の顔を見つめ重々しく頷くと、鼻王と居並ぶ神官、近衛兵達が声を揃えて宣言を述べた。


「勇者猫マダナイ一行の旅路に幸いおおからんことを! 祝福あれ!」




 ◆◆◆




 吾輩達勇者御一行には、二頭立の馬車が与えられ、そこに当面の食料と雑貨等を積み込んでから出立と相成った。


 城門を出て広がる城下町をトジュロー君の巧みな手綱たずなさばきでゆるゆる進んで参る間も、市井の者共が街道に立並び、吾等一行に盛んに声を掛ける。とその中に見知った顔を見つけた吾輩は只一疋いっぴき荷台より飛び下りた。幸いにも他の連中は気付いておらん容子ようすである。


「師匠、吾が師シュバルツではありませんか」

「おう、マダナイの半成り。とうとう魔王討伐に出ると聞いてこうして参上したのだ」

「それはありがたい。師匠であり友である君には様々世話になったよ」

まさにそれだ」シュバルツは一つぎりの琥珀を見開いて頷く。「最後に御前に必殺中の必殺を教えておらなんだ。御前は勇者に授かりし不可思議なわざを持つが、それぎりでは道中さぞや苦しめられようと案じたものでな。今まさに此処ここで覚えて行くがい」

「承知した」吾輩は即座に応じる。


 途端、吾が師シュバルツはふらふらと覚束おぼつかなげな足取りで吾輩のもとへと歩み寄る。なんだなんだといぶかしんでおると、鼻先まで近づき大欠伸おおあくびをする。いよいよもってなんだと覗き込もうとした矢先、唐突に後足二本で立ち上がり吾輩の目の前で両の手を勢良く打鳴うちならした。これにはすっかりおどろかされて吾輩はしば茫然ぼうぜん自失じしつとする。その様を見てシュバルツはおおいに笑った。


「これぞ吾が先祖伝来の必殺、猫騙しなり。ただし同じ相手には二度と通じぬと心得よ。その旨努々ゆめゆめ忘るるでないぞ。何しろ必殺であるからな、たった一度ぎりだ」

「承知しました」吾輩は師の心意気に深く感入って平身肯頭した。

「あとはキャリコの事だが、――まあ案ずるな、俺が面倒を見る」

「はあ」吾輩はあまり唐突なことばに間抜けた返答をする。

「あれとは元々そういう間柄なのだ。それゆえ案じなくても良い」

「ははあ、そうでしたか」


 その時、はたと気付く。




 吾輩は――愚であった。愚中の愚であったようだ。




 いくらキャリコの事を吾輩がおもうた所でキャリコの意を確かめた訳ではない。シュバルツの事を吾輩に教えたのは?――そう他ならぬキャリコである。


 そうか、そういう事だったのか。


 吾輩は今迄の日々をまぶたの裏に思起おもいおこしてくい無きと頷くとシュバルツを注視した。


「ではちと魔王とやらを懲らしめに行って参ります。師匠もどうか御健勝でありますよう」

「あい分った。きっと無事で帰れよ、勇者マダナイよ!」


 吾輩は師匠の語に背中を押されるようにして再び振り返る事なく先行する馬車の荷台へと一息で駆け上がった。やはり誰れも吾輩が抜け出していた事に気付いておらぬ容子だったので、してやったりと思うのと同じゅうしていささ寂寞せきばくたる思いだった。その幾許いくばくかはつい先刻のシュバルツの告げし語に因るものかと思われたので、吾輩は暫し物憂げに揺れる荷台の縁に顎を乗せてぼんやり人間共の変わり映えのしない平らな顔を眺めておった。


「勇者様! 勇者様!」


 其の声は――。


 吾輩が慌てて身を起すと遠くの石壁の上に彼の美しき毛並をした一疋の三毛猫がおった。


「勇者様! どうか――どうか御無事で!」

「キャリコさん、ああキャリコさん!」




 あゝ何という宇宙的の活力か。

 誰れかを恋うとはかくも素晴らしくかくも悲しきなり




 吾輩はその姿が小く見えなくなるまで只動かず見つめておった。



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