第十六話(一)
勇者様御一行の先鋒となり攻撃の
次に千変万化の魔法術をいとも容易く行使する魔法使いコルドーに対しては「
次に
次に彼の偉大なるメッツナーの敬虔な使徒たる神官クシュンに対しては「
さていよいよ最後に吾輩の番となった。
のそりと
「実はな……。無いのだ、何も」
「我が王よ、良く意味が分りませぬが」トジュロー君が控え目に
「どの名工に尋ねようと誰れ一人、勇者猫様に贈るに相応しき武具に
鼻王の獅子鼻が萎れて縮んだかの
「いかな勇者様とて猫は猫じゃもの。剣は構えられぬし魔法も唱えられぬ。引ける弓もなければあれほど
鼻王は胡麻塩頭の従者長を呼び付け朱塗の盆の上から何やら取り上げた。
「儂からこれを贈ろうと思うておる。このゴルジアスターゼ城に代々伝わる護りの腕輪じゃ。遥か祖先たる彼のディアマズス大王の無事たるはこの腕輪の御力に因るものと云われておる」
云うなり玉坐より数段降り来た鼻王が吾輩の鼻先にそれを近づけた。随分と古めかしい銀無垢の腕輪なれど其の輝きは衰えず
「これなら勇者猫殿の首輪に丁度
仕方なしに腕輪に鼻先を突っ込んで見る。――ほう、思うておったより大分軽い。痛くも痒くも感じぬ。ふるふる、と何度か首を
――宜しい、こちらを頂戴するとしよう。
背筋を伸ばし尻尾をぴんと張り右廻りに廻すと、クシュンが吾輩に代わって礼を述べた。
「こちらで結構、と仰っています」
「うむ、それは
最後に今一度各人の顔を見つめ重々しく頷くと、鼻王と居並ぶ神官、近衛兵達が声を揃えて宣言を述べた。
「勇者猫マダナイ一行の旅路に幸いおおからんことを! 祝福あれ!」
◆◆◆
吾輩達勇者御一行には、二頭立の馬車が与えられ、そこに当面の食料と雑貨等を積み込んでから出立と相成った。
城門を出て広がる城下町をトジュロー君の巧みな
「師匠、吾が師シュバルツではありませんか」
「おう、マダナイの半成り。とうとう魔王討伐に出ると聞いてこうして参上したのだ」
「それはありがたい。師匠であり友である君には様々世話になったよ」
「
「承知した」吾輩は即座に応じる。
途端、吾が師シュバルツはふらふらと
「これぞ吾が先祖伝来の必殺、猫騙しなり。ただし同じ相手には二度と通じぬと心得よ。その旨
「承知しました」吾輩は師の心意気に深く感入って平身肯頭した。
「あとはキャリコの事だが、――まあ案ずるな、俺が面倒を見る」
「はあ」吾輩はあまり唐突な
「あれとは元々そういう間柄なのだ。それゆえ案じなくても良い」
「ははあ、そうでしたか」
その時、はたと気付く。
吾輩は――愚であった。愚中の愚であったようだ。
いくらキャリコの事を吾輩が
そうか、そういう事だったのか。
吾輩は今迄の日々を
「ではちと魔王とやらを懲らしめに行って参ります。師匠もどうか御健勝でありますよう」
「あい分った。きっと無事で帰れよ、勇者マダナイよ!」
吾輩は師匠の語に背中を押されるようにして再び振り返る事なく先行する馬車の荷台へと一息で駆け上がった。やはり誰れも吾輩が抜け出していた事に気付いておらぬ容子だったので、してやったりと思うのと同じゅうして
「勇者様! 勇者様!」
其の声は――。
吾輩が慌てて身を起すと遠くの石壁の上に彼の美しき毛並をした一疋の三毛猫がおった。
「勇者様! どうか――どうか御無事で!」
「キャリコさん、ああキャリコさん!」
あゝ何という宇宙的の活力か。
誰れかを恋うとはかくも素晴らしくかくも悲しき
吾輩はその姿が小く見えなくなるまで只動かず見つめておった。
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