第二話(二)
やがて吾輩はクシュンの手に載せられ、偉大なるメッツナーの徒たる神官たちが住む邸へとやって来た。鼻王の城の裏にある百坪ばかりある石壁の西洋館である。
「はあ。まさか猫を飼うことになるなんて」
クシュンの部屋は陽気に暖かそうであるが、気の毒な事には毛布だけが春らしくない。製造元では白のつもりで織り出して、
寝台の上の気の毒な毛布に腰掛たクシュンは吾輩を鼻の先に持ち上げて云った。
「でもね、あなたもとんだご迷惑でしたでしょうね、猫さん」
実の所そうでもない。吾輩はあの時死んでいた訳なのだから
「あらやだ。人間の言葉がお分かりになるとでも云うのかしら。そうですね、異世界からメッツナーの魔法術で召喚されて来た猫な訳です。お分かりになっても至極真っ当な気がします」
ここで吾輩は図らずともクシュンという人間を少しばかり見直すこととなった。
ちょっと読者に断っておきたいが、元来人間が何ぞというと猫々と、事もなげに軽侮の口調をもって吾輩を評価する癖があるのは甚だよくない。いくら猫だとて、そう粗末簡便には出来ぬ。よそ目には一列一体、平等無差別、どの猫も自家固有の特色などはないようであるが、猫の社会に
そんな一人間であるクシュンから元来享受すべき相応の扱いを受け吾輩は少しばかり気を
「ここは猫さんがいらした世界とは異なる世界なのですよ。サンドレアと云い、ここは先程のゴルトン王が治めておられるゴルジアスターゼ城であります。《人間族最後の砦》などと仰る方もいるようです。何故ならば――」
クシュン曰く、せんだってじゅうから人間族は魔族と大戦争をしているそうだ。吾輩は日本の猫であり、今に至ってはクシュンの猫なのだから無論人間族贔屓である。出来得べくんば混成猫旅団を組織して魔族共を引っ掻いてやりたいと思うくらいには肩入れしている。
「そうなのです。ですからこそ異界より蛮勇なる強者を招入れて我ら救国の雄となっていただかんとメッツナーの儀式を執り行った訳です。そうそう、メッツナーとは私共の信奉するありがたい神の
「いえ。私とて猫さんが悪いと申し上げている訳ではないのですよ。ただ至らなかった自らと自らの信心を恥入るのみです。はあ、ほとほと弱りました。どうもこうもございません……」
吾輩の主人となったクシュンの職業は神官だそうだ。城から帰ると終日自室に這入ったぎりほとんど出て来る事がない。余所のものは大変な勉強家だと思っている。当人も勉強家であるかのごとく見せている。しかし実際は余所のものがいうような勤勉家ではない。吾輩は時々忍び足に彼女の暮し振りを覗いているが、クシュンはよく
吾輩がクシュンの部屋に住むようになってからはじめて黒縁丸眼鏡の女神官がクシュンを訪問した。彼女は座につくと
「もう、そんな出鱈目ばかりいって! もし王様が聞いていたらどうするつもりなの」
あたかも人を欺くのは
「なにその時は別の猫様と間違えたとか何とか云うばかりよ」
と云ってけらけら笑っている。
この女神官は黒縁の丸眼鏡は掛けているがその性質が神官に似つかわしくないところがある。クシュンは黙って自分にはそんな勇気はないと云わんばかりの顔をしている。女神官はそれだから無闇に召喚の儀式を執り行っても駄目だという目付で、
「しかし冗談は冗談だけど、猫様というものは実際神秘の塊なのだよ、クシュン君。彼の高名なる芸術神、タータラは自らが使役する従者たちにメッツナーの御姿を拝顔したくば猫を見給えと教えた事があるそうだよ。なるほどこうして――よっと――目まぐるしく変幻する瞳を覗込んでいると、なかなかにして趣深い闇の深淵が広がっているぜ。あんたもなお注意して観察して見給えきっとこの世界の真理を悟るまでに至るから」
「また欺すつもりなんでしょう!」
「いえこれだけはたしかだね。実際
「なるほど奇警には相違ないわね」とクシュンは半分降参した。
しかしクシュンはまだ当分この世の真理を悟るまでには至らぬようだ。
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