第三話(二)
稽古場の内で御師匠さんがリズミカルに手を打ち鳴らしてカウントを取る。「
「一体あなたの所の御主人は何ですか」
「あら御主人だって、妙なのね。御師匠さんだわ。奉納舞踊の御師匠さんよ」
「それは吾輩も知っていますがね。その御身分は何なんです。いずれ
「あれでも、元は身分が大変
「へえ元は何だったんです」
「何でもゴルトン王の叔父にあたるシルバン辺境伯の妹の御嫁に行った先きのおっかさんの甥の娘なんだって」
そうして暖かい日差を浴びて寝転びながらいろいろ雑談をしていると、彼女は吾輩に向って左のごとく質問した。
「きっと勇者様は今までに鼠を何匹も捕った事があるのでしょうね」
「それは驚きだわ! あなたは勇者様なんですもの大分捕ったものかと思っていたわ」
「それが一
「あらまあ」
ますますもって決まりが悪い。キャリコは
「去年の大掃除の時ですよ。うちの御師匠さんが稽古場の拭掃除をしようと戸棚の物を
吾輩は猫ではあるが大抵のものは食う。キャリコのように贅沢は云える身分でない。従って存外嫌は少ない方だ。クシュンの食いこぼした
さて鼠はどうだろう。縁あって今まで生物を食う羽目になったことがないのでまるで分らない。人間が食うものであれば猫でも食えるに違いないと思うのだが、はて人間は鼠を食うのであろうか。彼の懐しき「猫々飯店」でもクシュンの家でもとんと見かけたことはない。ただ同じ食うでもどぶ鼠だと
稽古場の中で奉納舞踊の御囃子の音がぱったりやむと、御師匠さんの声で「キャリコやキャリコ、御飯よ」と呼ぶ。キャリコは嬉しそうに「あら御師匠さんが呼んでいらっしゃるから、私帰るわ、よくって?」わるいと云ったって仕方がない。「それじゃまた遊びにいらっしゃい」と鈴をちゃらちゃら鳴らして窓傍までかけて行ったが急に戻って来て「あなた大変色が悪くってよ。どうかしやしなくって」と心配そうに問いかける。まさかどぶ鼠を捕って食う事を思案していて具合を損ねたとも云われないから、
「何別段の事もありませんが、少し考え事をしたら頭痛がしてね。あなたと話しでもしたら直るだろうと思って実は出掛けて来たのですよ」
「そう。御大事になさいまし。さようなら」
少しは名残り惜し気に見えた。これで元気もさっぱりと回復した。いい心持になった。
しかしながら猫といえども社会的動物である。社会的動物である以上はいかに高く自ら
クシュンやラビリス嬢、神官長やあの高慢ちきな鼻王めが吾輩を吾輩相当に評価してくれんのは残念ながら致し方がないとして、吾輩はこの珍妙な異世界において勇者猫たる活動すべき天命を彼の偉大なるメッツナーより受けてこの
――吾輩はとうとう鼠をとる事に
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